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雑感  中国/韓国
  1. 拉致を認める
  2. "万歳毛主席"−韓国の掲示板から
  3. 「純粋中国人」伝説
  4. ある中国ファンのいま
  5. 中国のガス田開発
  6. 中国の人口統計から
  7. サッカー場騒ぎ
  8. 日中関係ひとり言
  9. コッチェビ
  10. 中国の反日デモ
  11. 嫌韓嫌中韓流日中友好
  12. 李さん
  13. 言葉が届かない
  14. 反Xナショナリズムをこえて
  15. 純朴で人の良い人々
  16. 漫画『嫌韓流』
  17. 親子対面
  18. 『中国人の99.99%は日本が嫌い』
  19. 『中国人と日本人』
  20. 核実験
  21. 『戦争と罪責』
  22. 南京事件
  23. 西門豹
  24. 食料を他者にたよるということ
  1. 劇薬入り冷凍ギョーザ
  2. 聖火リレー
  3. 人権と環境と
  4. 慈済
  5. 新疆ウイグル自治区での暴動
  6. NHKの台湾番組騒動で感じたこと
  7. 軍隊を知らずして・・・
  8. 現地調達・・・
  9. 中国の沖縄領有主張
  10. 奴隷になりたくないなら
  11. 与那国上空問題
  12. 奴隷になりたくないならPart2
  13. 帝国主義
  14. 日本と中国では残酷さが異なる
  15. 霧社事件
  16. 民族の弱点
  17. 定住革命その2  儒教
  18. 中国のスパイ活動
  19. 中国的思考回路
  20. 尖閣問題で考えたこと
  21. 台湾ビジネスマンの話
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拉致を認める

活東庵公開日:2002/9/24

 おそらく日本にいるかなりの在日の人たちが、17日の(金氏の)発言にがっかりしているだろう。マスコミは、北朝鮮国内では拉致問題は報じられていない、国民もインタビューにこう答えている、と報道しているが、あれは対外向けだろう。日本に親戚のいる人も多い。例の会談での発言は日本のTVに流れているので、すでにダビングされ、密かに国内に入り、知っている人は知っているし、伝わっているとは思う。拉致に限らず、現状がうすうすわかっていながら、なぜ動かないのか。

 第二次大戦末期の日本でも、これは負ける、おかしい、とわかっている人は多かった。しかし積極的な反対勢力は作られなかった。海外で国が対立した際によくとられる対処法は、反対勢力に対する支援だが、あの当時の日本に組織だった反対勢力の存在は考えられない(勉強会的なものはあった)。また外国ではよく、ルーマニアのチャウシェスク大統領の前で急に”人民”が反旗を翻えしたような、革命や暴動が発生するが、これもあまり考えられない。
 挙国一致の教育などもあるだろうが、おそらく日本や韓国朝鮮、中国はお上に弱い民族性がある。特に日本や韓国朝鮮の人たち(中国人は除く)は、大人しいというか、犬のように従順で、その主人と一緒にいたら飢えるとわかっていても離れないようなところがある。これが、いわゆる主義主張の狂信と異なるのは、いったん方針が変われば、コロリと新しい方針に従ってゆくのを見ればわかる。従順だから自分で変革する力は乏しい。戦中派の人に聞いても、原爆で急にポツダム宣言受諾が決まらなかった場合、たぶんそのままずるずるいっていただろう、という。自滅への道、とうすうすわかっていても、方向転換できずにその道を進んでゆく。

 ただ、変わったら急速に変わる。変革に対するしつこい反対、テロはまずない。たちまち新しい体制、生活に順応してゆくのだ。北も大多数は、いわゆる何とか原理に燃える筋金入りの人たちとは異なり、ごく普通の人たちだから、実務的な人が実質的に率いるようになれば、時を待たずごく普通の国になるだろう。

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"万歳毛主席"−韓国の掲示板から

活東庵公開日:2003.9.10

 ちょっと面白いというか気になる発見をしました。文化大革命時代の北京放送で受信したラジオ番組をネットで紹介しているのですが、そこに韓国のBBSからリンクが貼られました(アクセス解析しているのでわかったのですが)。
 リンク元を見ると、 「(驚き頭にきた)」とある。リンクのページには、文革時代にさかんに流されていた少数民族が共産党や毛沢東を称える革命歌を掲載しており、その一つが朝鮮族の歌「万歳毛主席」。そしてこのbbsから、かなりの数の訪問者が来ているんですね。このページにしか興味がない(文革に興味があるわけではない)ことは、ここしか見てゆかないことからもわかる。
 うーん、東アジアは決して一枚岩ではない、一枚にはなれない、と感じました。韓国・朝鮮の人は、日本よりも中国のほうが好きで仲よさそうに見えるが、そう単純ではない(もちろん、だから日本のがいいというわけでもない)。
 かつて金泳三大統領が中国を訪問し、朝鮮族の住む延辺地方を訪問した際、すでに韓国の右翼が先回りしていて「ここはもともと高句麗の土地だから韓国の領土だ」と騒いでおり、当時の李鵬首相が「いったいこれはどういうことだ」と金大統領に対して怒った、というエピソードがFar Eastern Economic Reviewに載っていましたが、中国人も、特に若者がナショナリスティックになってきているし、韓国もそうだとすると、これからゴチャゴチャしてくる可能性もあるなあ、と漠然と感じています。

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「純粋中国人」伝説

公開日:2003/3/15

 知り合いの中国人から面白い話を聞いたことがあります。北京出身の1960年代生まれの女性ですが、彼女が小学生のとき、担任の先生が
「このクラスに純粋な漢民族が何人いるか、調べてみましょう」と言い、全員の足の小指の爪を確認したそうです。先生は純粋漢民族は足の小指の爪が2枚あると言っていたそうで、50人ほどの生徒の中に2人いた、と言っていました。

 その後、台湾出身の知人からもまったく同じ話を聞きました。決め手は、足の小指の爪が2枚(縦に並ぶ)というところまで同じです。彼の話では、「純粋中国人は、”男はハンサム、女は美人で、とても頭がいい”」そうで、口の悪い別の知人が「なら今の中国の指導部は全員違うね」と言っていました(江沢民政権の時代の話です)。

 某フォーラムでこの話を出したところ、やはり知り合いの中国人が集まったとき、この話題で異様に盛り上がったと教えてくれる人がいました。なんとその人自身(日本人)も、足の小指の爪が2枚あるそうです。中国入国の際に、税関でパスしてくれたりはないんでしょうかね。話では、人間はもともと6本指だった(12進法はその名残)とする説があり、映画「覇王別姫」の冒頭のシーンではないが、中国人にはその出現率が高く、爪2枚もその名残とみるらしい、のだそうです。

 この話を面白く感じたのは、ちょうど日本人が「日本人はどこから来たか」伝説(つまりもともとこの列島にいなかった、どこかに故郷があると潜在的に感じている)にこだわるように、中国人は「純粋中国人」伝説にこだわるらしい、と感じたことです。
中国人からよく「中国は多民族国家で、中国人は混血している」、「遼、金、元、清など何度も異民族に支配されたが、戻る地を確保していたモンゴル人以外は皆、中国人に混じって溶けて消えてしまった」という話を耳にします。

 この話は、夏や殷の氏族までさかのぼる話なのか、それとも最近言われていることなのか、どの程度民間伝承のように伝わっているのか、気になります。

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ある中国ファンのいま

執筆日:1999/8/21、2002/10/4公開日:2003/3/21

 中国語の学校で一緒だった知人たちとときどき集まる。改革開放の始まる前は、中国語を学ぶ人は限られており、だからこそ熱烈なファンが多かった。基本的には日本の戦争責任を問うパターンの人が多かったし、物質主義はいやだ、中国は精神的に豊かな社会なのではと憧れる感じがあった。しかし改革開放から十年以上たち、中国も大きく変わった。

 それでもちょっと前までは、「なんか最近の中国人、てお金お金言って、お金ないと下に見たり、傲慢な感じもあって中国語をやるのもなんか、て気がするときがある」とでも言おうものなら、
「でもそれは一部の中国人だよ。大多数は違うよ」と擁護する人も多く、本業のかたわら中国語の通訳をこなす知人もその一人だった。
 彼女は1998年頃、「従軍慰安婦裁判や731部隊の裁判の仕事をするグループに参加できるようになった」と喜んでおり、会うとよく「もらい泣きしちゃうときもある。今度裁判の記者会見にテレビが入るらしいから、あたしも写って出られるかも」とはしゃいでいた。

 その後1年くらいたったとき、
「なんかさあ、やっぱり日本人だから通訳していて、いやなときもあるんだよね。大変だったんだなあ、とは思うんだけど、でもなんで今ごろ言い出すんだ、という疑念もある」そしてこういう運動をやっている人、て結構変わった人が多い、あまり深くつきあわないようにしている、とも言った。
 一緒にいた大陸で生まれ終戦時に親とともに日本に帰国した老人は、
「こっちが言っちゃいけないことだけれど、やられる側にもつけこまれる理由はあったと思うんだよね」と言葉少なに言った。ただ、どちらかというとリベラルで、文化大革命やその頃の中国をよしとしてきた人ではあった。

 さらに最近(2002年)会ったときのこと、彼女は
「自分の本心を押し殺して仕事だと思って通訳している。はっきり言ってあんたらお金ほしくてやっているんだろう、て思っている」と言った。

 その中国生まれの老人は、中国残留孤児の家族や親族の子供たちのために、中学校併設の日本語教室でのボランティアを20年近く続けている人だった。その教室が始まった当初は、当時大学生だった同じ中国語クラスの仲間たちも一緒にボランティアをしていた。その経験を題材にスピーチコンテストで優勝する人もいたが、就職その他で現在でも続けているのはその老人だけである。やめていった知人の一人から、
「倫理的にどうかと思うような親もいるのよね。お金のことしか言わないし、はっきり言って私たちや行政にたかっているんじゃないか、と思えちゃうの。そういう風に思っちゃいけないことだとは思うけど。精神的に重荷になるのよ、あそこ行くと」
 老人にこの話をすると、
「まあ、単純にはいかないんだよね。若い人には正直、無理だと思うよ。いろんな目にあって、ねじけたり海千山千の連中をさ、相手にやってゆくのは並大抵ではないと思うね」と言っていた。

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中国のガス田開発

活東庵公開日:2004/5/30

 東京新聞の記事(2004年5月28,29日付)に中国が日中境界の海域に天然ガス施設建設とある。南鳥島の”岩”発言問題とともに、今後こうしたニュースが続発する可能性がある。この手の争いは、客観的に見て正しいかどうかで決着がつくことは少ない。強いか弱いかでうやむやに決まる。明治以降、アジアでは日本が強いことが自明だったが、今後中国が強くなるにつれ、そして日本が衰退するにつれ、こちらにとって不快な思いをする事態が多くなることが懸念されるし、実際そうなってゆくだろう。対抗策はもちろん重要だが、うまくゆかない時代が来ても誇りを捨てずに耐える覚悟を培うのも大事かもしれない。

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中国の人口統計から

活東庵公開日:2004/5/30

 New York Times(朝日新聞社のダイジェスト版5月30日付)に、中国でも高齢化が急速に進んでおり、豊かになる前に高齢化社会になる可能性が高い、貧しい国の収入で先進国の社会負担を担うことになる、とあった。10年後には中国版団塊の世代(ベビーブーマーズ)が定年退職を迎え労働人口の減少が始まる、一方年金制度もまだ整っておらず税金もあがる、必然的に資本の流動化を招きステートコントロールが崩壊するとの予測だ。さらに男児偏重社会で男児が女児より多く、余剰独身男性の増加は将来犯罪の増加や戦争への傾斜につながる恐れがある、との怖い予測も。ただし戦争への傾斜に関するイギリスの大学の予測には、中国人学者達が、若年人口全体は減少してゆくことと(一人っ子で)老親、祖父母を支える必要があるからありえない、と反論している。
 記事によれば、アメリカもgraying、高齢化社会になりつつあるというし、メジャーな国では大体その傾向なのかもしれない。

 さて、インドの総選挙で農村や貧しい人々が国民会議派に投票し与党敗退との報道、中国で総選挙をやった場合、やはり似たような結果が出るのではないか。一党独裁だから選挙をしないため、問題が隠蔽されているだけで。

追記:
 現在中国の男児と女児の出生比率は6:5、将来的に人口はほぼ現状維持とした場合、単純に掛けると約1億人の男性が余剰となる計算になる。これ、てすごいかも。

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サッカー場騒ぎ

活東庵公開日:2004/8/4

 タレントや国会議員が集まる某討論番組で、日中境界の海域の天然ガス施設建設について、「でも日本側のラインの外に作っている、ということは向こうもこのラインを認めている、ということでしょ」と言っているのを聞いて、甘いなあ、と思った。日本側ラインの外という文句を言えない所に作っただけで、何人かが言ったこのラインのすぐ内側への対抗施設の建設は中国側ラインの内側ともなるのでできないことを見越している。将棋でもやって、布石の打ち方見方を学んだら、と思った。勝手に善意に解釈し後で裏切られたととるのはこちらのエラー。冷静に真実を見ないと、判断を誤る。(今後韓国や北に近づくことになるだろうが、甘い見通しは禁物、中国と日本のどちらをとるか迫られたら九割方中国につくと思う。一方、中国もしたたかなようで、何度も異民族の支配下に入っており、特別運営上手とは言えない面も。それも含めた全体が中国だという言い方をするだろうが、どの国も良い時期悪い時期はある。)

 サッカー騒ぎははっきり言って抗議運動というより文革と同類の口号化しつつあると思うが、やはり同番組内で、中国政府も抑えられなくなってきていると言っていたが、それもちょっと違う気がした。あれはお墨付き、いちおう引っ張るが形だけ。民衆は危険には敏感だから、それをわかって安心して騒いでいる。ただ貧富の差拡大で不満を持つ若者による無差別大量殺人の増加(ニューズウィーク紙)や、地方紙で散発的に報道される暴動などは確かにある。

 これらのことに興奮し激昂した人を見ると、気持ちはわかるが、後先考えない自爆に向かいそうで怖い。その場合、甘い見通しと歪んだ現状認識がセットになってくる。せっかく戦争に負けたのだから、なぜ負けたのか考えよう。陸海の連携の悪さと縦割り行政は似ている。補給兵站や、勝ったらどうする負けたらどうするなど計算、分析が苦手で雰囲気で行ってしまうところもそのまま。
 常日頃感じている不満を相手に伝えるのが下手で、ふだんは文句を言わず表面にこやか、いったん限界に達するとずっと我慢していたのに、と堰を切ったように今までの不満一切が出て怒りだす、この国の平均的な”いい人”と同じことを外交でやっていないか。下出に出る時と切れる時のぶれが大きすぎる。もっと普通に行ってほしい。

 大事なことは、日本軍に処刑される中国人をぼんやり周りで見ている同国人の姿に、心を直す医者になろうと決意した魯迅が感じたものと同じ方向にある気がする。個々人が元気なら道は開ける。子育てが楽しくない社会、引きこもりなど生命力が衰弱する方向にある社会そのものが活き活きした方向に向かわない限り、どんなに軍事力を備えてもだめだろう。支える中身が腐っているから。日本も韓国も台湾も極度の少子化社会だが、こうしたこともきっと見越されている。

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日中関係ひとり言

活東庵公開日:2004/10/18

 最近、長野でお年寄り宅ばかりを狙った強盗殺人容疑で捕まった者が、”お金がなくて仕方なかった”と言っていた。彼的には仕方なくても、納得できる人はどのくらいいるだろう。
 先の大戦について、あの戦争は追い詰められやむにやまれずなさざるを得なかったと言う。本当にそう思うなら、もっと堂々とあちこちで主張してみては。それを相手や周りがどう判断するか。確かに理解できる理由だったと納得させることができるか、身勝手な主張と思われるか。
 資源確保は国の死活問題と必死になる中国は、スーダンのようなやばい国に手をださざるを得なかったり(Far Eastern Economic Review誌)、ガス田開発で日本ともめたりしている。ベトナムやフィリピンに対し陸地ぎりぎりまで大陸棚だ中国領海だと主張する。これも、大変だね仕方ないねと納得するか、こっちだって大変だ身勝手だととるか。

 教科書問題で、中国ではこんな反日的な内容を教えていると騒いでいる。でもあれ、て90年代の話だよね。なぜその頃文句を言わなかったの。多分、大多数はなんだかだ言っても中国や韓国朝鮮に対して、今まで興味なかった。教科書で何教えているかなんて見ていなかった。中国で幼稚園児が万国旗の中に日本の旗を見つけ、地面に投げつけ足で踏み「リーベンクェイズ」と言うのを見た、そういう教育をしている、というのは当時中国語学習仲間で普通に喋っていたのだが。でも他の人にそうした話しても、騒ぐどころか興味すら持たれなかったんだけど。
 実は今でもそうだよね、日中記者交換40周年を中国のマスコミは結構大きくとりあげているのに、日本ではほとんど取り上げない。政冷経熱と文句をいうが、自分たち自身が経済以外の中国に興味のない人多い。相手がどうこう言うより、まず自分たちの姿勢の問題。日本の教科書問題で文句つけてくるのは、ちゃんと目を通している証拠。相手を知ろうともせず、文句つけられると不満を募らせる、でも相手の教科書はどうなのかはチェックしない興味もない、そして何かの拍子に内容がわかると大騒ぎする。ちゃんと見ていない。しかも場当たりで定点観測しない人多すぎ。むしろ相手はしっかりこちらを見ているのに、こちらは相手を見ていない、そういう状態のほうがあとあと怖い(気付いた時は遅い)と思うのだが、皆そうは思わないのだろうか。
 軍隊の問題もそうで、以前も書いたが軍隊を持つ国は多い。韓国や中国も持っているのであちら側にあれこれ言われる筋合いはないが、一番問題なのは、おそらく日本人自身が自分たちが軍隊を持ったときの自分たちを信用できないでいる。心の奥底のどこかで、普通の国のように普通に軍隊を持てない可能性、いつか引きずられるかも、と感じている。それが一番の問題だ。”彼ら”の問題ではない。(つまり、彼らがどうこう言うから何々できない、という問題ではなく、結局自分達自身の問題。以前書いた内容はこちら、「追記」の部分)

 ところで中国は中国で、日本に譲歩しすぎ、と不満を持っている人が結構いると聞く。日本は日本で、中国韓国朝鮮に譲歩しすぎ、と思っている人が多い。お互い、どういう根拠でそう思っているのか、もっと意見をメディア等で流したほうがいいと思う。隣人や会社の同僚クラスでも、なかなか理解しあえないことは多いから、過度な期待は禁物だが、お互い話は聞いたほうがいい。それでもだめなことも多いけど。

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コッチェビ

活東庵公開日:2005/2/20

 「日本現代写真史」(平凡社)という写真集を見て、戦後の上野の浮浪児のようすは、テレビでよく流れている北朝鮮のコッチェビ達にそっくりだ、と思った。また列車の屋根までぎっしり座ったサツマイモ買出し列車、窓からも次々乗り込む国民服姿の男たちは、中国の列車(さすがに大都会ではもうないだろうが)と同じだ。社会がうまく回りだせば、コッチェビ達だって貧しくとも将来を夢見て元気になるだろう。自分達も通ってきた道だし、逆にいつまたそうなるとも限らない。
 テレビでは北朝鮮の映像がよく流れるが、やはり皆興味があるからだね。アフリカや中央アジアにも妙な政権はあるが、みなほとんど興味ないわけで、だからあまりテレビでもとりあげられない。つまり妙である、ということがメインではなく、北朝鮮が妙である、ということがメイン。

 ところで核、うかつなことは書きたくないが、もし少しでもターゲットの可能性が考えられているとしたら、なんとなくエ−−−−のあるところではないか、という気がする。人口の多いところでは国際非難を浴びるだろうし。また、雑誌でも書かれているようだが、いざというとき中国が北を唆し、自らの手は汚さずに、代理で末代まで日本に恨まれる立場に仕向けるシナリオもなくはない。

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中国の反日デモ

活東庵公開日:2005/4/10

 政府に対する不満等のガス抜きでは、などとも言われているが、違うと思う。
 これは文化大革命と同じ、一種の”運動”だ。一夜明けると中国全土(といっても都市型の若者のいるメイン都市が主だが)が反日の口号で溢れている、という事態も起こりうる。60年代の学生運動とも同じ。みな頭で理解し、若者特有の”理想”に”燃え”ている。本当に戦争被害に遭った世代の姿はほとんど見かけず、若者ばかり、しかも笑いながら友人を携帯で呼び、投石し、あ、失敗した、と首をすくめたり、成功したとガッツポーズをとったりする。心からの叫び、ぎりぎりのところからの抗議行動というより、”運動”であり祭りだ。参加することが社会的雰囲気で丸だから、みなどんどん参加する。(大体東アジアに真のレジスタンスはなかなか存在できない、とかねてから思っているし、ここにもそう書いてきた)。社会的に丸だからやる。(”愛国無罪”というのも、”造反有理”に相似している。)

 文化大革命のときに、恋愛したからと北京大学を追われた学生の話を聞いたことがあるが、当時吊るし上げをした同級生らは、彼らの人生を破壊したことを、文革の収束後に謝ったり修復を手伝ったりしたのだろうか。おそらくしていないと思う。だから今回も、 憑き物が落ちたように騒ぎがおさまったとしても(数十年後の可能性も高いが)、破壊されたものはそのままだろう。これはどの国でも、人々が興奮した状況すべてに言える。

 ニュースを見ていると、こういう状況が出現するときは、政府が煽ったからというよりも、人々が自ら興奮したがっているのだなあ、ということがよくわかる。通常、冷静な人は、興奮した人に有効に対抗できない。冷めていると批判の矛先が回ってくる可能性もあるので、一緒に興奮したほうが楽だ、という考えもある。そしてオセロのように、パタパタと次々入れ替わってゆく。

 いずれにせよ、嫌な時代が来るぞ。日本が軍国化するというよりも、こうした形で挑発が頻発し、仕向けられる可能性もある。以前台湾海峡が緊張した際、中国が引いたのは今の解放軍では自衛隊の戦力に対抗できないと判断したからだ、と某新聞で読んだ記憶がある。同じ反日行動でも、韓国が軍事力に訴えることは考えられないが、中国は勝算が出てきたと読んだ場合、自分からではなく相手からだと追い込む形で、それこそ”有事”にもちこもうとする可能性もある。中国は画策に浪費しやすく、日本は勝算がなくても暴発しやすい。一部だが、仇日、もう一回戦争やって勝たないと民族の誇りが許さない、と考える人々がいる。でも、逆もそう考える人がいる。お互い、相手を抹殺するまでやるのか?

 話を戻すが、文革にしろ学生運動にしろ、ああいう口号や”運動”を評価する人の話方、て以前から引っかかりがあった。ああいうものに燃える人、て、自分で考えているというより、時流にのって英雄になろうとしているだけのような気がする。そしてそれを評価してしまうあたり、人間理解が甘い気がする。それなら武田泰淳や大岡昇平あたりを読んだほうが、はるかに今後を考える材料になる。

 実はぎりぎりの叫びよりも、頭で理解したイズム、理想からの動きのほうが怖くたちが悪いと感じる。ぎりぎりの人は、イラクの人質事件で人質日本人女性の質問に答えた民兵のように、自分と同じく家族を殺される敵方について言及されると、想像がおよび、自分達もいい方法がわからない、と苦悩を語る。イズムの人は、オ○ムもそうだったが、マシン化する。たぶん、その状態のときは言っても通じない。自分で考えていないから。

追記: 大学時代、院生の言いなりになっている学部生に対して、社会人入学で入った年長の学生が、「怒りを持たないといけない」と言った。「今君らは”鈍いのかもしれないけれど”と言ったね。そのへんにも問題があると思うが」詳しい経緯は忘れたが、この「怒りを持たないといけない」という言葉は印象に残った。
 今年60周年ということで、東京大空襲のことが大きくとりあげられたが(今年急に取り上げられ、戸惑った人も多かったようだが、子供の頃昭和40年代は3月10日が近づくと新聞でもテレビでも特集が組まれていた。ちゃんと継続して見ていると、かつてのほうがもっと取り上げていた、取り上げなかったバブル以降の浮かれた一時期のほうが変だった、と思える)、大空襲も原爆も、セットのように戦争責任がついてまわるが、家族を亡くしたり負傷した人は、まず、大声で泣けばいい。イラクで殺害された人の家族も、政府や輿論なんか気にせず、大声で泣けばいい。個人的な感情の発露を抑える雰囲気のほうがどうかしている。みな政府も輿論も世界も気にせず、悲しければ泣けばいい、恨みたければ恨めばいい。戦争責任や自己責任と、個人的感情とはまったく別物で、別々に存分に追求してゆくべきだ。

 いろいろ峻別しないといけない。ぎりぎりの声をあげている真のレジスタンスと、頭で理解した理想の押し付けと(簡単な例で言うと、民兵的なものとアルカイダ的なものと)。
 個人的体験に基づく正直な感情と、それを封殺する”正論”と。
 戦争責任、自己責任に関する議論や近隣国との関係修復に努める真摯な作業と、それに便乗した不当な蛮行と。

追記2: 上海で中国人に殴られた日本人留学生と止めに入った友人がインタビューに答え、友人は外を歩くときはあたりを見回してしまうし、人が近寄ってくると緊張すると語っていた。聞きながら、おそらく在日の人たちは何かあるたびにこうした思いをしているのだろう、と思った。ある意味これで逆の気持ちが身につまされてわかるきっかけになったかもしれない。また、拉致問題があっても、もし殴られたり服を切られたりしたら、それはおかしい、蛮行だ、とはっきり言ってまったく当然だ。拉致問題は拉致問題で解決しなければならないが、それで在日の人が迫害されるのはお門違いだし、強制連行その他をちゃらにするというのも違う(仕事を求め自ら渡った人もいるがいずれにせよ)。強制連行があったからと拉致問題をちゃらにするというのでもなく、どれもそれぞれ追求すべきだ(国としては同一でも、被害者は別人だからね)。黙ったり黙らせてはいけない。

追記3: 台湾の友人、在日華僑の知人、日本人のグループで旅行をしたことがある。バスと競合する乗り合いタクシーは、最初愛想がよく下出に出ていた。それがバスが出発すると、とたんに倍にふっかけてきた。華僑の知人は「中国人、てこうなんだよな。バスが行っちゃってもうほかに手段がない、てなるとこういう態度に出るんだよな」とうんざりした様子で言った。中国人の男の子は免許がないにも関わらず、最初の約束を守らないなら山の下まで自分でこの車を運転して降りると主張し、実際運転席に座って発車するという体を張った(命を懸けた?)態度で応戦し(実際まともに運転できず、タクシー側も苦笑い)、大幅ディスカウントを勝ち取った。彼と一緒に泣いたり騒いだりの台湾の女の子は、交渉が決まるとけろりとして「中国人は大声で言い合うけど、怖がらないでね。別に喧嘩じゃないですよ、中国人はいつもこうなんです」と言った。タフな人達だなと思うと同時に、こういう交渉術なんだなと思った。
 だぶん、こうした面はビジネス、外交その他にも出てくるだろう。特に自信をつけてきた今後はいろいろあると思う。でもそれは”汚い”やり方、というのでもなく、もともと自分達の中でもそういうやり方なのだ(おそらく逆に、日本人が汚いと自分たちでは思ってもみないような面が、よそからは”汚い”と思われている可能性がある。Ex. 水に流す、とか。普通にうちうちでも使い、あからさまにせず、うやむやになんとなく”時の薬”的に解決するやり方だが)。
 ところで、知り合いの商社マン氏いわく、「関西商人は華僑に負け、華僑は印僑に負け、印僑はペルシャ商人に負け、ペルシャ商人はユダヤ商人に負ける」というビジネスの順列があることを言っていた。上には上がいるようで。(在米あおら〜もいるようだし。もちろん何とかの陰謀論は論外だが、ただ、東アジアが喧嘩して経済成長が停滞するといい、とか、武器何とかを輸出できる、と考え、漁夫の利を狙う手合いは世界中にいると思う。どちらも口車に乗せられて高い買い物したり?)

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嫌韓嫌中韓流日中友好

活東庵公開日:2005/11/23

最近、嫌韓嫌中本やマンガ、雑誌の特集を読んでいる。日韓日中友好ものは今まで腐るほど読んできた。つくづく思うのだが、いずれにせよ、人は自分が見たいと思うものしか見ない。ほかの部分があっても、最初から見ないか、見えても見ないふりをして自分すらだましつつ他人に語るか、見えて自分はわかっていながら敢えて他人には自分の主張(理想)を語るかのいずれかがほとんど。日本の植民地だった台湾韓国のどちらにも、良い思いを語る人と悪い思いを語る人がいる。その人の受けた経験が個人的な立場を決める(民族的な立場は別)。両方踏まえて書く人もたまにいるが、読む側もあれこれ考えなければならないのでベストセラーにはなりにくい。良くも悪くも、簡単なほうがスローガンになりやすく、勢いは得やすい。

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李さん

活東庵公開日:2006/02/01

 慶州の李さんが亡くなった。毎年来る年賀状が来なかったため、おかしいと思い電話をしてみた。最初娘さんと思われる人が出て、「トラガショッソヨー」と言った。トラガダは”出て行く”だったっけ?引越しでもしたのだろうか。そう思い、電話番号はXXXXですか、ときくと、「オモニー、イルボンから電話ー」という感じの韓国語で人を呼ぶ声がして、おばあさんが出た。「イーソンセンニムン、ケーシムニッカ?」と聞くと、やはり「トラガショッソヨー」と言った。「?、トラガショッソ?」するとおばあさんは「十二月十六日、病死しました」と日本語で言った。「病死?病気ですか?」「はい」「亡くなられたんですか?」「はい、十二月十六日」「病気で亡くなられたんですか?」と念を押すとそうだという。「そうですか。残念です」おばあさんは韓国語で何か言い、「コーマプスムニダ」と言った。二回コーマプスムニダと繰り返し、私も「そうですか。カムサハムニダ」と言って受話器を置いた。

 なぜか涙が出てきた。李さんとは3回しか会ったことがない。80年代に韓国を旅行した際、90年頃に李さんが団体旅行で東京に来たとき、そして2002年に慶州で。特別親しいわけでもなく、突っ込んだ話をしたことがあるわけでもない。慶州を回るのに少しつきあってくれ、あとは年賀状のみのやりとりだった。年齢のせいか、体の調子がよくないとよく書いていたので、早くしないと会えなくなるかも、と2002年に沐浴湯の探索がてら会いに行った。そのときは、友人らを大勢招いた濃い歓待ぶりに多少辟易して、自由に歩き回りたかったこともあり、口論になった。李さんは「あなたは私とは関係ない人」とすねてしまった。すねても実は悲しんでいる感じがウェットで、韓国人は日本人と感覚が似ているなと思った。このときは面倒なので、口論の原因は日本人と韓国人の違いということにしたが、そうでないことはお互いわかっていたと思う。古い世代と高度成長期以降の世代の差、もしくは地方人と都会人の違い、つまり熱いおせっかいに近い親切心と、裏があると面倒だから深入りを避ける警戒心の差だった。他を受け入れる余裕があるか、基本的に自分しか見ていないかの差ともいえる。この他者との関係の薄い、警戒心だらけの社会や生活が嫌いだから、地方やアジアへ行くのに、結局それを引きずり逃れられずにいる。

 賀状のやりとりはその後も続いた。本当は戦時中の話などを聞きたかった、と言うと、それならいくらでも話すのに、と言っていた。昨年は体の調子がよくない、ぜひまた韓国へ来てくれ、とあったので、今年4月か5月に再訪しようとちょうど考えていた矢先だった。
 十二月十六日。遅かった、またしてもと思う。祖母が亡くなったときも遅かった、と痛烈に後悔の念がこみあげ、一睡もできなかった。もちろん、会えたから何が話せたのかはわからない。その”話す””聞く”ということも、どういうことを指すのかよくわからない。話せば納得がゆくのかどうかも、自分でわからない。

 そして、そもそもなぜ、李さんの死に自分がこんなに悲しく泣けるのか、よくわからない。李さんが私を可愛がってくれたからだろうか。李さんの友人らは、私の家族が亡くなったことを手紙で知った李さんが泣いていた、と話してくれた。そんな人日本人の知人でもなかなかいないよ、と思った。今このエピソードを思い出すとまた泣けてくるが、でもそれだからだろうか。
 李さんは連れ合いのおばあさんとよくけんかをしていたし、おばあさんは李さんを旅行に行ったり遊んでばかり、日本人にいい顔をして、などあまりよく思っていなかったようだ。家庭的にいい人だったかどうかはわからない。でもいわゆる遊び人ではなくまじめな人ではあった。娘さんたちは結婚して孫もいるそうだが、アボジも要領のいい生き方ができない人でしょうがないわねー、的に思っていたかもしれない。
 終戦当時中学生だった李さんは、地元の仲間の老人たち同様、日本語がうまかった。恨むというより懐かしさを抱いていた感もあるが、でもだから李さんが好きなわけでもない気がする。とっかかりとしては日本嫌いな人よりは話しやすいが、あのパターンの人の話なら、恨みを言われても聞ける気がする。そのときは居心地悪くても、必ず心に引っかかり残る部分がある。日本好きだから好きで嫌いだから嫌いというものでは決してない。
 李さんを思いつつ、なんとなく、久慈の端神のよろずやで会った老人を思い出していた。彼とも一回しか話していないが、またたいした話をしたわけでもないのだが、淡々とした昔のようすの話ぶりが心にしみ、忘れられない人になった。
 こうして知り合いの年寄りが次々亡くなってゆく。大田原の老人、岩井の老人、古い誠実な知り合いたちが亡くなってゆく。同世代や若い世代の知り合いも多いが、やはり心性がどこかちがう。会ったり話したからと何になるのか。それがよくわからない。ただ残された時間は少ない。

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言葉が届かない

活東庵公開日:2006/02/26

 中国語関係の人達と集まったときのこと。定年直後世代(60代前半)の人達は戦争反対をさかんに述べていた。「子供たちに何も残してあげられなくても、平和憲法だけは残してあげたいの」と老師は熱っぽく語る。全共闘世代あたりまではそれに頷いているが、もう少し下はどこか冷めて聞いているようだ。戦後教育の理想を最も強く受けつぐ世代、と言われる彼らの、この情熱の拠りどころを知りたくて、
「そう思われる理由は何ですか」と聞くと、
「だって戦争、てものすごく悲惨なんだよ。イラクなんか、見てごらん」
「ラオシー達の年代の人達は戦争反対や平和憲法遵守にすごく熱心ですよね。なぜなのか、ずっと知りたかったんです」
「戦争が起こってごらん、こういう平和な生活なんてできなくなるんだから」
「ラオシー達は終戦当時は物心つくかつかないかくらいの年齢ですよね。戦争の記憶はあまりないと思うし、体験からもうこりごりだ、て言っているのとはちょっと違いますよね。その精神的根拠は何ですか」
「だってずっとそう教えられて育ってきたし、自分でも戦争はいけない、平和が一番!て思う。それは本当にそうだと思う。そりゃ体験がない、て言われればそれまでだけど、でも体験がないから語れない、てもんじゃないと思う」
 言っていることはよくわかった。でも何となく、ピンとこないままで疑問は解消されなかった。それは老師も、周りにいた人も感じたようで、老師は何度も「そりゃ戦争体験はないよ。でも体験がないから語れない、てもんじゃない。平和憲法は守らなければいけないの。それが子供たちにしてあげられる唯一のことなの」と何度も繰り返した。
 隣にいた40代半ばの元ハゲタカファンド(現再生ファンド)氏は、老師との議論は避け、周りの同世代に対し、「僕は日本が軍隊を持つことには賛成だ。ラオシーはああ言っているけどね。そりゃ平和は大事だよ。ビジネスやっている人は基本的に平和を望む。でないと仕事にならないから。でも日本と中国は必ず戦争になる。理由はエネルギーと食糧」と言った。同世代の大学講師の女性は「あの世代、て中国に恋して中国で食べてきた人達だから」と冷めた口調で言った。「でもここにいる人達は頑固だし、変わった人が多いけど、まともだよね。大学にいる人間はまともな人が少ないでしょ」
 全共闘世代の会社員は”なんちゃってリベラル”な人が多く、首相を批判しつつ選挙では自民党に入れた、と言うので老師たちにさんざんこきおろされていた。定年直後世代は首相のばかやろう、と気炎をあげている。親中の人達の集まりだし、靖国のことがあるのかもしれないが、なぜばかやろうなのかよくわからなかった。
 首相を支持しているわけではないし、選挙では最も正反対と思われる党に入れたが、でもこの違和感は何だろう。彼らの言っている言葉が心に届かない。それはまずい、あの世代がなぜそう主張するのか知りたいのに、つまり声を聞こうと心は開けているつもりなのに、掴めないのだ。どこか教条的にすら聞こえてしまう。これも一種の宗教では、とすら思えるのだ。戦争や軍隊に本当に反対なら、すでに軍隊を持っている隣人にも働きかけるべきではないかと思うが、そうした発想は自己規制がかかっている感がある。本能的にそれをやったら怖いと感じているのかもしれない。

 ところで、このグループから中国関係で教授になった人が数人いる。東京裁判時の中華民国代表、商震氏の息子で現在関西の大学で教える中国美術史専門のA氏は、
「中国人は好戦的でないから戦争にはならないと思う。ただ、嫌な予感があって、彼らも自信をつけてきているから、国連常任理事国加盟問題のときのように、陰に陽に日本をいじめてくるんじゃないかと思うんだよね」と言っていた。彼は面白い経歴の持ち主で、母親が日本人、父親は国民党だが人民解放軍とも関係があった(特に葉剣英と親しかった)。このため台湾政府からは睨まれ日本に亡命、1980年代前半頃迄は母親と共に訪中すると人民日報一面記事、北京放送のラジオニュースに流れた。周恩来の未亡人ケ頴超にかわいがられ、当時ケのおばちゃまと呼んでいた。葉氏もケ氏も亡くなり政権が交代すると、待遇が一変し、国賓待遇から一般と同じになったと言っていた(1980年代後半)。
 もう一人、国立大学の大学院大学教授で日中関係史専門のG氏は
「ファンド君は本当に中国と戦争になると思っているのかな。ちょっとびっくりです。でも確かにA君のいうように中国側がいろいろ仕掛けてくると思うので、ここは大人の対応をしなければいけない。外交は狐と狸の化かし合いの面もある。日本は戦争をしたら終わりです」と言っていた。(この項イニシャルは中国読み)

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反Xナショナリズムをこえて

活東庵公開日:2006/03/16

 『反日ナショナリズムをこえて』安宇植(河出書房)は、韓国人女性研究者による韓国の反日ナショナリズムについて解析した本で、韓国側にも手厳しい評を加えているため国内での反発もあるらしい。一方、その内容から日本側に曲解され利用されかねない部分もあるため、最初の日本語訳出版は見送られた経緯がある(このへん、彼女のバランス感覚と真理を追究しようとする姿勢は真摯で信頼がおける)。根深い反日の心象風景としてあげられた、韓国の山の頂上に打たれた鉄杭は、植民地時代の日本人による韓国人の”気”をそぐための陰謀だ、という風説が大学教授までまかり通っている状況は、あまり知られていないが土俗と絡み合い、確かに根深く一筋縄ではゆかないと納得させられる。彼女は同著で、植民地化について、「記憶を蘇らせ憎しみを育てることではなく、どんな具合に文明の顔をして近づいてきたのか、その文明の内包している問題とは何であったのかをはっきりさせる」ために冷静に見てゆく必要がある、「これは現在と未来における別の顔の支配と搾取を防ぐためにも必要」だと説いている。
 「反日解剖 歪んだ中国の愛国」水谷尚子(文藝春秋)は、女性研究者による体当たりルポ。タイトルは反中的だが中身はむしろ相互理解をめざした、足で稼いだ取材記録である。彼女は反日ウェブサイトの運営者らに精力的に会って話を聞き、中国の討論番組に出演して主張し(このため中国人視聴者からの脅迫にもあう)、各地の愛国主義教育基地を回る。一方、「諸君!」といった雑誌に寄稿したことに対し、日本人研究者らからブーイングをくらっている。彼女は「日本を右傾化したというが、左がだめになったという方が現実に近い」「内輪で同じ縄張りの人とだけ「対話」をして悦にいっても、両国関係を改善する効果は見込めない」と説く。
 これには私も共感する。確かに古いタイプの親中派は”嫌な”中国人とは会わず友好を語る中国人としか会わないことが多い。国内でも同様で、反中親米派とは接点がない。チベット問題が出ると「チベット問題やる奴、て中国が嫌いだからやっている奴が多いんだよね」と言う。自分たちもアメリカ嫌いなんだから心性は同じでは、なぜ中国が嫌いなのか一度ちゃんと聞いてみては、と思う。
(もちろん、親米でKKKとつきあう人も少ないと思うが、アメリカの場合はさまざまな情報が入りやすいぶん、理想化し夢を託すタイプは少ない)
 著者は年代的に、昨今の利害関係から必要に駆られて入ったタイプではなく、元は親中から中国研究に入った世代だろう。「骨は折れるが”めげない、逃げない、諦めない”。バトルを繰り返し、生の声を伝え合ってこそ相互理解はうまれる。私はまた君たちに会いにゆく!」と結ぶ彼女に、”内輪”で同じ言質を繰り返すことに安住した古いタイプにない息吹を感じる。

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純朴で人の良い人々

活東庵公開日:2006/03/16

 『中国農民調査』陳桂棣/春桃(文藝春秋)も夫妻による共著だが、先の2冊といい、最近東アジアにも女性による質の高い研究、評論、ルポルタージュの仕事が増えている。この農村の現状を暴いた命がけのルポは、朱鎔基元首相は農村の査察に際し、現地役人のとりつくろった演出にだまされたが、温家宝はだまされなかった、など興味深い話も多い(温家宝については『中国が「反日」を捨てる日』(清水美和、講談社)にも、彼は当初日中関係改善のメッセージを送っていたとあり、理想優先ではなく現実的で有能な人物だと感じる)。そして、役人の横暴を告発する農民リーダーとして立ち上がった英雄的人物が、その後、長の座についたら農民を搾取する横暴な役人に変質してしまった、という例もあげ、個々人の問題というよりも社会に問題点が内包されているのではないかと示唆している。
 映画「単騎千里を走る」でも、人のよさそうな自称”通訳”の村民が、高倉健演ずる日本人のためもあるのだが、役人の前でニコニコへこへこしつつ、役人の言葉を鸚鵡返しに繰り返して人畜無害にふるまう場面がある。役人も多少威張ったところはあるものの、情に厚く悪人ではない。周りが奉るから横柄になるのだろう。みな良い人なのだが、役人の前でへりくだり、ニコニコと「是、是」と頷き、よけいなことは言わない村人がいる。『中国農民調査』の著者も、中国の農民はとにかく忍耐強い、ぎりぎりまで声をあげず従い耐える、それは驚嘆に値するが・・・と書いている。美徳でもあるがこのへんに問題があることも示している。

 『テレビは戦争をどう描いてきたか』桜井均(岩波書店)は、戦後のテレビが戦争と日本の戦後社会についてどう描いてきたかを評した集大成。「私は貝になりたい」の項で、「運命に抗えない哀れな庶民の姿を描き、多くの視聴者に戦争の理不尽を改めて知らせた」「しかし戦争中のすべての戦争犯罪をまるごと水に流してしまう危険も孕んでいた」「豊松の善良は、罪の意識の形成には向かわない。仏教的諦観すら漂わせる(中略)フレーズは、当時の日本人の気分にフィットしたのである。被害者意識への退行と「BC級戦犯釈放運動」はどこかで気分を通底させている」と記す。このドラマの元になった本の著者加藤哲太郎は、これに不満だったようで「罪は戦争にあるのではなく、戦争に参加した各人にある。人殺しが犯罪であることは当然だ(略)。あなたは、いかにこの犯罪に参加したかについて、あなたの妻に、子に、両親に、友人に語ったことがおありでしたか。戦争がある限り戦犯は必ず生まれる。これだけは断言しておく」と書いていることも記している。
 「皿の碑」の項は、戦後まもなく、松山で戦死者らの慰霊碑を建てようとして村人から拒まれた老人のルポ。その後この話を外の人が評価したことから村人の態度が変わり、政治家も参加して碑が建てられた(当人は式典参加を拒否)。「見えてくるのは、村の人びとの「大勢順応主義」である。一人一人はけっして悪意はないが、大きな流れに逆らわず、それに異を唱える者をやんわりと排除する」「戦時中は軍部に、敗戦直後はGHQにそれぞれ恭順の意を表し、少数者には出る幕がなかった」
 「マッカーサー元帥への手紙」の項でも底に流れているものは同じで、マッカーサーが解任されると農地改革の碑を取り外し、隠してあった忠魂碑に戻したり、小作争議の碑、忠魂碑、農地改革の碑などがめまぐるしく壊されては再建されていったという。「和賀郡和賀町」は、戦友を食べた証言のある出稼ぎ村のルポで、善良な一人一人が戦場では”鬼”となった、農村の貧しさ悲惨さへの共感に思考をとどめるべきではない、純朴な農民兵士が戦争犯罪に手を染めた理由を、戦争という大きな現実のためだと言ってみてもはじまらない、思考の向かうべき方向は、農民兵士が中国大陸や南方の戦場で何を見てきたのか、何をしてきたのかである、とする。

 話はまた中国に戻る。『食人宴席』鄭義(カッパブックス)という本がある。タイトルがタイトルなのでトンデモ本扱いされかねないが、内容は文革末期に南方でおきた食人事件に関するまっとうなルポで、食人をしてしまった(証言を読むと雰囲気に煽られた人も多いことがわかる)人たちが逆に今でも遺族を恨んでいる、という話が複数箇所で聞き取られている。この逆転した心境は、なんとなくわかる気がする。木山虐殺事件では殺される人々が「毛主席万歳」と叫んだというくだりに天皇陛下万歳に通じるものを感じるし、「マルクス主義も儒教思想も共に政治を重んじ経済を軽んずる傾向がある」という指摘、「暴君の統治下の暴民は、暴君よりもさらに凶暴である」という魯迅の言など意味深長だ。

 『テレビは戦争をどう描いてきたか』の「アジアと太平洋戦争(4)チョウ・ムンサンの遺書」は、コリアンガードは残忍だとオーストラリア人捕虜に恐れられた在日のシンガポールBC級戦犯の話。彼はその後日本の遺族援護法の適用外、韓国の補償からも外れており、オーストラリアに謝罪に行くと、謝罪は喜ばれたものの植民地出身で抗命権をもたなかったという主張にブーイングを受ける。
 そして金石範氏が「世界」に載せた文章、「朝鮮人が自らの暗部をえぐることは、日本人がほとんど過去のものとしてうちやってきたその精神史の暗部を裏側から照射することになり、それはまた日本をも思想的に救い、そして日本と朝鮮とのあいだの真の平等を築く道であると思う」という言葉で結ばれている(彼の主張は本当にそのとおりで、やはり別の視点の人々は社会の内部に絶対必要である。自家中毒を起こさないためにも)。

 ルポは農村が中心だが、今の都市も会社だって変わらない。
 自分が何をやってきたのか、口を開く。それが今後、人を食べたり虐待することもありうる、自分も含めたすべての人にとって、必要とされている。

日本的な戦後−罪悪感と非戦主義
 『誰も戦後を覚えていない』鴨下信一(文春新書)によれば、戦後日本の、特に終戦直後の日本の基調音となったものの重要な一つは<不公平>という感覚だという。「戦死した人と無事帰った人、抑留された人と帰国できた人、(中略)焼け出された人と焼け残った人、何もかもが公平でなかった」「そのとき運の良さそうに見えた人も、その後長いこと<生き延びた者の罪悪感>を味わうことになる」「おそらく日本人はこのSurvivor's guiltの人一倍強い民族にちがいない。生き残った人間のこの罪悪感が靖国問題でもあり、戦後の歴史認識の問題でもあるような気がしてならない」ただしこの感情は、他の国々からなかなか理解してもらえないだろう、とも書く。
 シベリア抑留された父について、父は嫌悪すべき記憶や辛苦の部分は決して語らず、一般ロシア人、特に農民の人のよさばかり話してくれた、だが父の後半生をだいなしにした抑留を決して許せない、という。エリツィンが来日して謝罪しても許せない、「そういう体験は忘れられるものではない。その意味で中国や朝鮮半島の人々の日本に対する感情はよくわかるところがある。憎しみは消えないものだ。ただそれを増幅させるかどうか。そこに問題はあるのだ」

 群馬の山村に住む哲学者、内山節の書いた『里という思想』(新潮社)に次のようなくだりがある。
「グローバルスタンダードとしての平和主義は、平和や正義を実現するための戦争を肯定してきた。平和は正しい者が勝利することによって実現する、という考え方がある。
 日本の戦後の非戦主義は、日本の伝統的な考え方である、何よりも無事を尊ぶ心情と結ばれて成立したのではないかと思っている。
 戦後の日本は無事に生き、無事に死ぬことができなかった、戦時下の数多くの人々への思いをいだきながら出発した。日本で平和という言葉は、無事にくらしたい、という気持ちと重なりあう。この無事な生死を願う心情が、いかなる戦争にも加わりたくないという非戦主義を定着させた。(自然が脆弱なヨーロッパに比べ)自然の変化の激しい日本列島にくらす人々は、真理や正義にもとづき自然を管理(=支配)する発想ではなく、無事な関係を結ぶことを求めてきた。この基層的な精神が無事を第一に考える非戦主義として戦後社会に定着した。
 日本的平和主義とグローバルスタンダードの平和主義のちがいを明確にしてこなかったことが、今日の転換を生んでいるのではないか。」(一部抜粋)

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漫画『嫌韓流』

活東庵公開日:2006/05/20

 遅ればせながら、この有名な漫画を読みました。
 今ではブームもひと段落ついていると思うし、あちこちでいろいろ書かれていると思うので、一点だけ。
 韓国がぱくり文化とあるが、それは感覚が似ているから。私はむしろ、武士道や染井吉野を韓国のものだ、と言っているというのを聞いて、誇りに感じたのだが。つまり彼らも好きなのだ。韓国に桜がずいぶん植わっているのを見て、たぶん好きなんだろうな、とは感じていたが、やはりそうだった。武士道も植民地がらみで嫌っているかと思ったが、韓国がルーツだと言い協会もあり世界に対して活動しているという。
 韓国にもともと武士道があったかどうかはわからない。武人はいたわけで、作法はあっただろう。それでも、いわゆる”武士道”として世界に有名になったのは日本の江戸末期から明治にかけてのバージョンのものだ。ただ、ここで重要なのは、要するにその時代にレベルがもっとも高いものを人々は求め学ぶ、ということ。
 発祥がどこか、というのは歴史としては重要だが、通常はそれ以上ではない。仏教の発祥はインドだが、今仏教を学ぶ人は極東か東南アジア、スリランカに行くだろう(サンスクリットは学ぶだろうが)。鉄道も産業革命の始まったイギリス発祥だろうが、今ではドイツ、日本、フランスが最高水準で他国はこの3国から導入しようとする。

 つまり、その技術や文化を受け継ぎ、最も高水準なものを提示するところを人は評価する。武士道が日本発祥のすぐれた文化でも、その後受け継ぐ者がおらず隣国に伝わり、そこの人達が磨きをかけたなら、人はそこへ教えを請いにゆく。世界中のさまざまな文化でそういうことが起きている。

 ところで韓国や台湾へゆくと、コンビニのレイアウトが日本と似ている。ハワイのコンビニはやはりアメリカアメリカしていた。インドなんかへ行くと、日本のものをそのまま持っていっても受けないだろうな、売れないだろうと痛切に感じる。そのままぱくって売れる、というのは、感覚が似ているから。韓国の民族村へゆくと、障子があるが、「日本と同じだ」というと「韓国のものが日本へ行ったんです」と言われた。以前人民日報(日本語版でなく中国語版)に載っていたアメリカ留学中の中国人女学生からの投書に「豆腐はもともと中国のものの筈なのに、日本のもの、ということになっている」という嘆きの投書があった。これなんかは日本がぱくった例といえなくもないが、それも感覚が似ているから取り入れたのだろう。
 漫画には載っていないが、ちなみに韓国には鯛焼きならぬ鮒焼き、というものがある。日本の鯛焼きと物は同じ。前からあったともいうが、たぶん日本で見かけてこれはいける、と思って作ったら案の定売れたのだろうと思っている。それでいいと思う。おそらくインドとパキスタンはお互いぱくっている。ヨーロッパ各国も昔からお互いぱくっていると思う。

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親子対面

活東庵公開日:2006/07/10

 拉致問題と親子の対面シナリオ。感動の親子対面、という文脈が通じるのは、いかにも東アジアだなあという気がする。なんとなく、元が南宋攻略に、親子の情を逆手にとって、捕虜にした中国人の父親を元軍の先頭に立たせ、息子らの戦闘意欲をそいだ話を思い出した。欧米ならこういうパフォーマンスや記者会見はあまりやらないのでは、という気がする。(やるとあざとすぎて、かえって逆効果とか?)

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『中国人の99.99%は日本が嫌い』(若宮清著、ブックマン社)

活東庵公開日:2006/07/10

 古い親中派は嫌悪感を示す可能性が高い本だが、著者が書いていることは、自分の台湾の友人とのつきあいや、中国での経験などから基本的に当たっていると思う。著者はかなりシビアに書いているが、中国人が嫌いなわけではない。反日デモの分析、政府は完全にコントロールしている、一般の人は「まあ、嫌いな日本が相手だからいいか」という(程度の)感覚、というのも当たっているだろう。力関係が自分のほうが上になったと見ると、急に高圧的な態度に出る、というのも確かに再三経験している。日本人に対してというのではなく、中国人同士でそうしている。さらに驚くことには、その際高圧的に出られた側が反論、反逆する、そのやりとりを彼ら自身が厭わない、負担に感じない点だ(台湾での経験はこちらのページのタクシーの項)。要するにタフなのだ。
 また、非常に親日的、とずっと思ってきた友人が、久しぶりに日本に来た際、中国語のできる知人らに「これ、結構私たちの本音が書かれているの、是非読んで」と配った本が、かなり日本に批判的な内容の本だったので、へえ、と思った記憶がある(反日と、日本に批判的というのとは異なるので誤解のないよう)。悪く言えば安心してはいけない、より正確に言えば笑顔や”歓迎”、親しい友情に舞い上がって寄りかからず、その背景にある思いや世界をきちんと見通す目を持たなければいけない、ということだ。大陸から来た日本語のうまい中国の若者らも、日本好き、贔屓というにはほど遠い表情をしていることが多い。
 再度言うが、中国人と友達になれないというわけではない。国が嫌いだからとそれだけで戦争になったり、いきなり殴られることがそうそうあるわけでもない。個人的にはどの国も、普通でまっとうな人が多い。ただ、国になると、そして国家権力だけでなく、集団になった場合でも、”中国人の99.99%は日本が嫌い”は出てくるだろうし、逆を言う日本人も大勢いるはずだ。韓国とも同様。
 それは逆を考えればわかる。日本が韓国の植民地になったことがあるとする。中にはいい韓国人もいただろう。人徳者の学校の先生もいたかもしれない。その人については懐かしく、みなで恩師を囲み集まったり、今でもするかもしれない。でも漠然とした韓国や韓国人になると、なんとなく嫌だ、嫌いだ、という感情は持つだろう。対個人と、漠然としたカテゴリーに対しては別の気持ちを抱くことは大いにある。題名は忘れたが、イギリスのインディーズ系で評価された映画に、ロンドンの貧しい白人青年とパキスタンだかイスラムの旧植民地からの移民青年の(ゲイ)カップルの映画があった。映画の最初のほうで、白人青年が移民排斥デモに参加しているのを見かけた移民青年がなじる場面がある。それでもカップルは崩れない。単純に割り切れない、矛盾した行動をとる人が(自分も含めて)大多数だろう。

 話は本に戻り、中国の国家戦略の部分について、こうしたことがあるから、小泉首相らの対米関係が出てくるのだなと読めてくる。アメリカについても、『だますアメリカだまされる日本』(原田武史著、筑摩書房)に記されているようなことがあり、日本はアメリカの属国か論がある。
 アメリカの属国化もいやだろうが、中国を中心にした冊封体制に組み込まれるのは嫌な日本人は多いだろう(特殊な中国フリークは別だが)。「アジアがまとまる場合、中国を盟主としたまとまりに日本が参加したいか、て言われたら参加したくないし、そういう人多いんじゃないの」と言う人は多い。尖閣諸島も含めた大陸棚の問題について、「どの国も平等、それがルールだ」という”小国”に対し、「大きい国は人口も多い、大目に認めるべきだ」と”大国”が主張する漫画のパンフを世界に配っている国だし。対等なメンバーで構成されるグループは嫌うだろう(表面そう見えるようにはするだろうが、実態は違うだろう)。
 そして、韓国朝鮮やベトナムあたりは、内心面白くなくても結局は組み込まれてゆくだろうが。韓国は、日本と中国のどちらを選ぶかとなった場合、確実に中国をとるだろうが、その際、土壇場で日本にとっては裏切られた、というようなことになるかもしれない。ただ、それは地理的にそうせざるを得ない面もあるので、最初からあまり無理な当てにはしないほうがいい。いや、そもそも”どちらを選ぶか”ではなく、韓国は韓国で、みな対等、というのが理想なのだろうが。
 そういう意味では、今回の北朝鮮は、ある意味トリックスター的行動をとった(一部の人にとっては、とってくれた)と言えるかもしれない。
 ところで、橋本元首相の突然の訃報、かなり奇異に感じたのは、私だけ?

付記:
・アンピコの授業、私もとっていたが、「先の戦争で日本はアメリカに負けたと思っている人が多いが、本当は中国に負けたんだ」と言った。同じ東洋史でもフランス語やドイツ語などをとっており中国史に興味のない学生は、「あの教授はああ言ってるけどさあ、日本はやっぱりアメリカに負けたんだよ」としらけて言っていた。本にもある通り、日本軍は対米戦では玉砕したが、中国では玉砕していない。対米戦は、後半はかなり国土防衛戦の様相が強かったと思う。
・義勇軍行進曲については以前も書いたが、著者と異なり、あれは普遍性があると思っている。確かにもともと”敵”は日本を指すとして書かれたものだが、明記しなかったことによって、時間的にも、様々な局面に対しても、耐性を持つようになった。芸術的かどうかはわからないが、すぐれた作品はある契機を期に生まれ、その契機にとどまらない普遍性を持つようになる。「立て!奴隷になりたくない人々よ!」は日本人にも、韓国人にも言えるのではないか。(会社にも有力者を夫に持つ夫人にぺこぺこしたり、年々条件が悪化してものんで離れようとしない人々がいるが。)日本人や外国人も歌えというのではまったくないが、あの歌詞が支えになった心境はわかる。
・日中間の問題について、ステレオタイプに言い募る中国人がよくいる話が出てきているが、これは日中間や政治だけでなく、全般に言えることだと思う。よくお勉強していて、それで得た内容を、自分の意見のように一生懸命語るところがある。
 以前、TV番組「たけしのここが変だよ日本人」で巨人軍が負け続けるのはなぜか(なんか今年と状況が似ているな)という話題になった。ある中国人留学生が、「巨人は自前で選手を養成できない、だからだ。AもBも、他球団でスターになった選手を高額で引っ張ってきて云々」と熱く語った。ああ、これ、よく新聞や雑誌に書かれている説そっくりだ、例に挙げる選手名までそっくり、そんなところまで読んでいるのか、よく勉強しているなあ、でも「そういう説を読み、私もそう思いました」ではなく、まったく同じ内容をあたかも自分の説のように熱く語る姿は、なんか教条的、さすが暗記中心でゆく科挙の国というか、文化大革命の時もこうして熱く語る人が結構いたのだろうなあ、と感じてしまった。彼の意見に対し、テリー伊藤が「いや、そんなことはない。CもDも、巨人生え抜きの選手ですよ。ちゃんと育てていますよ」と反論していた。でも対話にならなかったのは、自分で咀嚼した内容を語る、それに対し相手が何か言って返してくる、それを元にまた考えて言う、という作業を最初からめざしておらず、自分の取得した内容に頭がいっぱいで、そこから離れられない、というかむしろその伝播に努めようという方向に夢中になるからだろう。
 そういえば、NGOで働く友人が、最近NGOの会合にも中国の代表が参加するようになってきたが、「すごく頭はいいんだけど、全然対話にならない。一方的に語る人が多い。中国人、てみんなああなの?」と辟易した口調で言っていたことがあった。
 全員ではないだろうし、柔軟な人も多いと思うが、また、内輪でワイワイガヤガヤ話すときはもっと柔軟になる人も多いが、会議や討論会のような場になると、押しが強いこともあって、かなり目立つ特徴ではある。逆に、日本にも偏屈で人の意見聞かない感じの人は結構いる。日本人の場合は、TVで一般人が集まった公開討論なんかを見ていると、反論している人のほうを見ないで無視する、あるいはヒステリックにただ同じ主張を繰り返す、という出方になることが多い。つまり黙るか切れるかで、これもあまり健全でない。

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『中国人と日本人』日中出版

活東庵公開日:2006/08/05

 前回紹介した『中国人の99.99%は日本が嫌い』の状況を含めた、中国人の考え方や論理がよくわかる本。中国人の林思雲が解説し、日本人の金谷譲がコメントや質問する形。よってここに紹介する見解は、基本的に林氏のもの。
 正編、続編とも何度も出てきてまず目につくのは、中国人は嘘をつく、というのは本当だ、だがそれは相手をだますためではない、という部分。一種自分が楽しむため(吹牛、庶民の楽しみでもあり自分を大きく言う)、事実を誇張するため、家族や自民族、国のため(避諱)につく。ただ、それを嘘だ、とあからさまに指摘することは嫌がる文化がある(聞いているほうは、嘘だとわかりつつ頷いて聞いている)。
 そして、数字に対するいい加減さは昔からの一貫した伝統で、数字の正確さを問題にしてはいない、ということ。(中国人同士でも)被害者加害者ともに誇張して嘘をつく。天安門事件の被害者数も大躍進の被害者数も正確なところはわかるまい、また、大多数の中国人は政府発表の経済成長率も失業率も信じていないし、政府発表の南京大虐殺の人数をうのみにする人もほとんどいないだろう、とする。でも、あからさまに嘘だ、と指摘するのは嫌がる(”感情の記憶”の問題もある)。

 まず、ここから見えてくるのは、最近、中国はしたたかだ、と過剰に警戒する向きがテレビのコメントなんかでも多いが、たぶん、それほど、というわけでもない、ということ。したたかでない、というのではない。(虐殺の)人数のふっかけはするだろうし、(毒ガス処理で)お金がおりるとなれば関係ない請求書を紛れ込ませたりもするだろう。自分が上に立ったと見れば態度を豹変させたり、それらすべて、なんとなく嫌いな日本だからまあいいか、というのも確かにあるだろう。その一方、復讐しようと常に機会を狙ってそうしているというのでもない。(そういう人も稀にいるかもしれないが)大多数は、ふだん自分たち同士でやっている文化の延長での、いつもどおりの対応でしかない。
 おそらく、個人レベルや一般向けレベルでの話し方と、法的対処や歴史事実をきちんと明らかにするレベルでの話し方は、分けたほうが賢いかもしれない。国際的にも、数字についてはもともといい加減で、自分たち自身信じていませんから、と言っても通用しないだろうし、この避諱文化は大躍進やSARSの例などから弊害が大きい、この文化から離れるべきだと考えはじめている中国人も増えてきている、とのことなので、事実を明らかにしなければ法的対応をとれない、歴史から学べない、などの部分については事実を問題にし、数字を明確にして対処してゆく。一方、みなを納得させたり、語りかける必要のある部分については、あまり事実の正確さや数字に拘泥すべきでない気がする。認める必要もないが、最近、そうした数字にこだわりその非難で終わってしまう(ある意味重慶爆撃や南京虐殺まで考えないですむ)論調が多いようなので(そういう意味では、大げさに言えば何とかなるという大雑把さは、実はあまりいい戦略でもない気もするが)、相手がそういう文化なら、そこは理解した上で対応したほうが良いと思うのだ(スルーするとか)。相手の言い分を認める、ということではないが、どうしてそういうことを言うのか、その文化を理解する必要はある。もちろん、中国側もこちらに対しそうなのだが。
 よくわからないから相手の影が大きく見えて、「したたかだ、したたかだ」と怖がり、「人数がいい加減で」と激昂する。相手が実際より大きく見えて、怖がる先に来るものは・・・、と思うと、やはりまず相手をよく知り理解することは大事と思うのだ。

 次も正続編ともに出てくる内容だが、中国は意外に外交下手、という指摘。ある意味(おそらくヨーロッパと違い、中国一国が大きく周りが小さい状況から)唯我独尊で来れてしまったため、外国人と意思疎通したり協調をはかった伝統もノウハウもない、とする。中国側がささいなことに激昂して大問題とみなしてしまい、相手も傷つくが自分たちはさらに大きな代償を払うはめになることが多いという(中ソ対立など)。争一口気、意地を張ってしまう。呉儀副首相のドタキャンについても外交的には明らかに失敗で、正式に謝っている。
 この指摘なども、「中国はしたたかだ」と恐れるよりも、まず冷静に相手をよく見るべきと促す内容だ。
 ただ、呉儀副首相問題について、ネット上ではよく出気(鬱憤晴らし)してくれた、よくやった、とほめる中国人が多いという。つまり”ささいなことに激昂し大きな代償を払う”傾向を支えているのは一般の中国人。中国では愛国か売国かが大問題になる、とも指摘。
 この争一口気、意地を張る、は日本にもある。金谷氏の意見の部分だが、”日本人は無礼に敏感、という過敏。受けた屈辱は現実的な利害計算を無視して報復しようとするところがある。中国人は声も大きく身振り手振りも大きく、中国語は罵倒語が豊か。平素からよく使い、中国人にとっては何でもなくても、日本人からすれば無礼にあたる。あまり中国側の罵詈雑言を浴びていると、一気に爆発、つまり切れかねない”、とする。

 林氏いわく、中国人は”五分間の熱情”、健忘症の特性がある。かつては国恥記念日を忘れ、今はアメリカによるユーゴでの中国大使館爆撃を忘れている。魯迅も「勝つと見ればどっと集まり、負けると見ればさっと逃げる」と称したそうだ。(一哄而上、一哄而散の表現も面白い)。
 結構日本人にもそういうところはあると思うが(戦時中から戦後の対米態度の変化など。健忘症というより身の対処の早さ、および今の政治情勢、思想情勢で考えるべきでないと判断したことについては思考停止する能力に長けているというか。戦時中はもとより、戦後は原爆・大空襲が対米批判につながることは一種タブー視される状況にあったし、今でもある。やるなら安全な日本政府批判に向かう。これはベトナム人の対米態度にも感じる。アメリカの敵を作らない能力が長けているのか、アジア系が社会情勢の変化に自分を合わせる能力が高いのか。イスラム圏がなかなか自己を曲げないのを見ていると、東/東南アジアは従順というか情勢にあわせて平気で自己をコロコロ変えてゆくかも)、その一方、確かに根に持つ部分もある。
 (知り合いの中国人の様子や、会社でのあれこれを見ていても)健忘症、かつ(日本その他を)出気筒にして罵りおわればすっきり、あとは忘れてしまう、言葉でワイワイ言ってくる中国人はある意味陽性なのに対し、言えずに根に持つ日本人は陰性だなと感じる。
 レーニンは「言葉の巨人、行動の小人」と言ったとかで、林氏は、”口では強硬な発言を行うが、実際の行動はきわめて現実主義的で実利を最重要視。他人の財産の日本製品は壊しても自分の財産は壊さない。「日本人を殺す」と叫ぶ極端な反日分子も、実際の行動は慎重。イスラム過激派のように本当に人を殺すことは絶対にない。義和団でも日中戦争でも、団員や抗日分子はいざ外国の軍隊が進軍してくると逃げ、逃げた先で再び叫び始める。今の反日活動家にも、犠牲を伴う実際行動を期待するのは難しいだろう”という。
 でもまあ、それでも大国を保っているのを見ると、日本のように武力で爆発するのが賢いかどうかもよくわからない。

 そして例の靖国問題。これも正続ともに話題に上っている命題だが、林氏は政治問題というより、文化の違いだとする。中国人は”敗類”となった指導者を歴史から抹殺する。これはよく歴史を改竄している、と言われるが、人民を騙すためではない。”待遇”の問題。よって指導者の写真が復活すると、彼は「平反(名誉回復)」されたのか、と見る。このため、(中国人から見れば国(この場合日本)の”敗類”、過ちを犯した)A級戦犯の写真や名前が新聞や教科書から消えず、参拝までされているのは、名誉回復している、というとらえ方になる。名誉回復している、ということは、とその延長上に、再び侵略するつもりかも、となってくる。中国では”敗類”は死んでも許さない。日本人が建てた(日中交易に功のあった五島ゆかりの)王直の碑などを中国人が破壊したのも、中国で犯罪者とされる”敗類”を顕彰したので騒ぎになった。いわば中国文化のタブーに触れた。
 中国人は過ちを犯した中国人を、中国人のカテゴリーから追放する(「中華民族は永遠に偉大で栄えある、決して間違いを犯さない民族」なので)。過ちを犯した祖先を持つ人は、改名改姓、父祖の罪の暴露、祖先に代わっての謝罪、祖先と完全に縁を切る、の4つを行えば許される、とする。
 このほか、裁判制度の違いや弁護の文化がない点についての指摘も重要なのだが、問題が複雑になるので、ここでは”敗類”処理方法についてのみに焦点を絞る。
 林氏の指摘はわかりやすく、なぜ中国人が靖国問題をごちゃごちゃ言うのか理解しやすい。中国政府がA級戦犯をはずせば云々言うのは、あながち方便でもなく、そうすれば"日本人のカテゴリー”からはずしたように見える(そしてある程度中国人を納得させることができる)からとも思える。悪いのは上層部で日本人は悪くない、という言い方も、日本人を許すためというより、元からそういう切り離し文化の国なのだ。
 靖国問題で譲る、というかA級戦犯を分祀したからと、じゃあ中国が何も言わなくなるのか、さらにいろいろ言ってくるのではないか、とよく言われる。A級戦犯を分祀したからと何も言わなくなることはないだろう。靖国は靖国で問題、ほかはほかで別問題だから。
 林氏の指摘する中国人の考え方や、靖国への対応はよく理解できる。しかし、私から見ると、A級戦犯を”日本人のカテゴリー”からはずす、というやり方は卑怯に思える。中国人が中国人に対してそういう方法で処理しても別に構わないが、私自身は、過ちを犯したとされる敗類を自分たちのカテゴリーからはずすことで反省や謝罪を表明、というのはどうも納得がゆかないのだ。罪を押し付けることになり、ずるい気がする。金谷氏も、林氏のカテゴリーから追放的解決方法に対して、"日本人は祖先の過ちを背負い込む”と言っているが・・・。ではカテゴリーからはずさず、背負いこんだ場合、どういう形で相手と和解するのか、というと、これもなかなか・・・。原因などについて考え続ける、という言い方をする人もいそうだが、大多数はしないだろうし。わかりやすいのは賠償だが。カテゴリはずしに変わる、目に見える”謝罪と和解の意の表明方法”がない、というのも相手の不信感を誘いやすい原因かもしれない。

 留学後も日本に残る中国人が多いのはなぜか、という問いに絡んで、林氏が経済、物質的要素よりも精神的要素が大きく、特に中国の官員に屈辱的な思いをしている中国人は、外国で差別を受けても、まだその差別のほうがましだ、と思うくらい官員(官僚)を毛嫌いしている、官員がいかに庶民を蔑視し、深刻な問題かは、単なる訪問者として中国を訪れるくらいでは絶対わからない、と語っているのも印象的だった。
 このほか残る理由として、破産した場合などいざというときの助けにはなるが物や金の貸し借りなど面倒の多い”人際関係(人間関係)”から逃れられる点(田舎を嫌い都会に出てくる人の心情に近いものがある)、仕事上の詐欺も多く食品なども安全性無視のものが売られ、拝金主義蔓延で誠実さのない国内に比べ安心して生活できる点、内心不満でも将来のために耐え忍ぶ人も多い点などとともに、”中国人には信じられないほど言葉と行動がかけ離れた人がよくいる”という指摘も面白かった。とうとうと対米批判を繰り広げた学生が実はアメリカを気に入って住みつく、アメリカや日本にさほど悪感情を持っていないが「愛国的」という評価を得るためにことさらに罵ったりする(説一套、做一套)という。

 そのほか、中国には民主主義の伝統がないので、もともと民主化要求は強くない、民主化運動家のほうが反日度が高い、人民共和国になっても伝統に固執する中国人を変えられなかった、日本の援助に感謝しないとよく言われるが、ソ連の援助や(第二次世界大戦中の)アメリカの援助は日本の援助よりも大きかったが感謝していない、外国が援助するのは下心があるからだ、という排外心理がある、などの指摘も印象に残る。
 そして、”中国文化の特徴に「統一」を喜ぶ、という点がある。思想、領土についてもそうだ。胡適のような自由思想は少数派。西洋文明が高い水準に達したのは、思想の自由を実現し、さまざまな意見の平和的共存を成し遂げたからだろう。しかし中国文化の根底を成すのは思想の自由に対する反対。政府の検閲を離れているはずの海外中文メディアですら意見は統一されている(つまり自主的にそうなる)。”という指摘は、思わずハナ・アーレントの『全体主義の起源』第3巻、「大衆は事実よりも首尾一貫性を好む」の部分を思い出した。中国文化だけでなく、日本も揃った意見を好む傾向はある。『全体主義の起源』は重要な本なので、いずれまた別記するが、全体主義が成立する条件の一つに、ある程度人口の多い国を挙げていた(東アジアも挙げられている)。粛清を繰り返すには、ある程度の人口がないと難しいため(不要として抹殺されるカテゴリーは次々変わってゆくし、自分はいらない側の人間かもしれない、との不安を常に抱きつづけさせるには)。

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核実験

活東庵公開日:2006.10.31

 報道されない部分が見えないことと、前回(10/23)のTVタックルがかなり網羅していたので、わざわざここに書くことも、もうあまりないが。
 関連して考える中、以前から気になっていたことが再び浮かび上がってくる。それは、前総理とは、一体何者だったのか、という漠とした疑問。就任中からずっと気になっている。派閥もないのに、なぜ改革を推進できたのか。普通だったら周りが動かず潰されそうなのに。
 彼はもう一度登場するのではないか、という気がする。国民から押される、という形で。そのときも、懐刀だった側近の言うように「全然普通の人」なのだろうか。

 北朝鮮問題は現在小康状態(今日10/31六カ国協議参加表明)。あれだけ脱北者が出る状況、自由のない状況は問題のある証拠だが、飢えるのは民がかわいそうな気がする。核も食糧と油には負けるか。資源のあるイランや食物の豊かなミャンマーに比べ、希少金属程度の北国は厳しい。ただ、今後何が起こるにせよ、なぜそうした政権になったのか、なぜその体制が続いたかは、その国の民自身がよく考える必要がある。

 日本が3回目の被爆国になる可能性はありうるとは思っている。暴発だけでなく、再軍備と核武装を必要と考える国内の人も、別の理由でアメリカも、事前にわかっていてもきっと利用するだろう。ちょうど、山田風太郎の『同日同刻』を読み、広島と長崎の原爆が気になっていたところだったので、当時の記録を綴った本を読んでおこう。

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『戦争と罪責』野田正彰著 岩波書店

活東庵公開日:2006.10.31

 中国の戦犯整理所にいた元日本兵への聞き取り調査が基本となっている。聞き取り内容を読み、以前『逝きし世の面影』を読んで感じたことと同じことを感じた。(人にもよるだろうが)日本兵はPTSDにならない(なりにくい)、捕虜に対するさまざまな仕打ちも”悪業”とは認識していない、だから覚えていない。捕虜を実験に使った医者や「無邪気な悪人」などの項にそのわかりやすい例が出ている。”帝国陸軍に素直に適応してゆく道を選”び、”あくまで序列社会に生きる者として、ひとつの地位をこなすために殺した”。そういう意味では日本軍の強さとは、”言葉通り不死身の強さ”、”身体は傷ついても心は傷つかない”強さだとする。”満州国の育成発展への都合のよい情熱”、”過剰適応への情熱”と、"出世への密かな打算の微妙な配合”があり、”それに長けている限り、いつまでも集団に応じて色彩を変える自分しかいない”(右から左へ簡単に主張が転換し、本人それを意識もしなければ問題にもしない)。そしてその”配合を身につけた人に語りかけることはむずかしい”。このあたり、実はいじめ問題のいじめる側の人々(子供ら)についても言えることだと思う。
 『逝きし世の面影』で”この精神は、いったいどういう構造になっているのか”と指摘している『東海道中膝栗毛』の猥雑でアナーキーなユーモア、これに似たものを、日本兵への聞き取りからも感じる。それは単純に良いとか悪いとかではない。源頼朝や豊臣秀吉はPTSDになっただろうか?たまたまインドのナガ族に知り合いが多いのだが、彼らが部族闘争をする場合、PTSDになるだろうか。なる人もいるだろうが、聞き取りにあるように、まったく夢にもみない人も多いに違いない。それは単純に、未開だから、古い道徳律の人達だから残酷だ、云々とも異なる気がする。
 著者は「敗戦後戦争に直接かかわった日本人はすべて撫順戦犯整理所に入れるしか、表面的にも変わる道はなかったのではないかと思えてくる」と書いているが、そこまで言ってはまずい気がする(聞き取りが貴重な分、残念)。
 こうしたことに対し2つ考えるところがあって、一つは、自分がその立場だった場合、どうだろうか、止められるか、という視点を常に持つ必要がある、ということ(いじめ問題などで居丈高に学校関係者に詰問する記者についても同様)。もう一つは、”強がる人間のどうしようもない弱さを見続けてきた”2例目の人の話で、”警備に立つ学生たちの恐怖心、さらに恐怖心にかられての殺人”、”人格を退行させ、死に吸いよせられていく兵士たち”、”戦争栄養失調症で痩せ衰え、小さくしぼんで死んでいく兵士、あるいは自殺する兵士”(おそらく身体で示すPTSD)、それらを診察し続けた医師は”人間をここまで追いやってはならない、という厳しい信念”を持つに至る。この医師の言葉が解決の糸口と光を示している。

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『南京事件の日々』と『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち』

公開日:2006.12.10

・南京事件・・・最近『南京事件の日々』と『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち』(ともに大月書店)を読み、南京事件は確かにあったのだろうと思った。三十万という数字は当時の市の人口からも考えにくいが、おそらく12月16日17日に1万7千人、1万数千人が一気にやられている。ミニー・ポートリンが見ているのはこの件ではなく、あっちで数十人、こっちで数十人、といった形で多くの死体を見ている。こうしたケースを加えてさらに数万人か。
 『南京事件の日々』に描写される様子は「揚州十日記」に似ている。南京が虐殺の舞台になったのは、首都だったからだろう。それにしても、なぜ中国の首都を攻略したのだろう。中国全土を手に入れるつもりだったのだろうか。ちゃんとその計画、青写真はあったのだろうか。12月8日が開戦の日だが、あくまでアメリカとの戦いで、実はそれ以前から戦争が始まっていたことが、これらを読むと実感できる。何となく勝てそうだからと、どんどん進んでいったのか。なぜこういうことになったのか、何のため満州だけでなく中原のほうにも出て行ったのか、ちゃんとした考えがあったのか、勢いだの雰囲気だのに流れたのか、急に気になりだした。

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西門豹

公開日:2007.3.25

 官僚、といえば、最近の中国の地方公務員の汚職のひどさが農民調査や新聞のルポなどで報道されつつある。その記事にふれながら、ふと、中国語の教科書に載っていた西門豹の話を思い出した。
 西門豹は、戦国時代魏の国の県官で、国からぎょう(業にこざとへん)県に派遣された。地方官僚の三老や廷掾、彼らと結託した巫女集団による汚職に苦しむ地元の住民らは離散する者も多く、土地は荒れ果てていた。西門豹は着任早々、その理由を聞き出し、河神の嫁娶りの儀式を利用した機知でもって腐敗した一味を一掃し、その後嫁娶りの代わりにまともな治水工事を行った、という故事なのだが(文字どおり河に放り込んでしまう。でもあくまで河神を敬う様子を装って崩さないところが可笑しいのだが)、今の中国にも西門豹のような人が必要なのだ、とつくづく思う。
 人の社会は、物理的なインフラは科学の発展で様変わりしても、社会構造そのものは古代からあまり変わっていないようだ。あるいは、中国の故事や春秋戦国時代の思想は、現代にも十分通用するものが多いが、これは何千年もの昔からすでに精神的に円熟していたと言うべきか。

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劇薬入り冷凍ギョーザ

公開日:2008.2.6

 日々新たな情報が明らかになるので、この問題について書くのは難しいが、2点、書こうと思う。

 今夜(2/6)のニュースで、中国側が中日関係に不満を持つ一部分子による故意の混入の可能性も示唆した。おそらく、2つ目の有機リン系農薬として検出されたものが、何を溶剤として使用しているか、その他配合成分の特徴を見ることで、どこで作られたものかの特定がかなり可能とわかったためかと思われる。

 混入発覚当初は、早々と中国の工場が原因と言いきっていいものか、と思ったが、今ではかなり濃厚。
 その一方で中国のマスコミやネットでは、何でも中国のせいにする、中国製品を袋叩きにする、と日本批判や不満がうずまく。実際に中国に原因があると証拠が出ても当局が発表しても、この不満は消えないだろう。その点にも、嫌なものを感じる。

 世界には不満が渦巻いている。イスラムの不満、日本で多い無差別の切りつけ、そして故意に劇薬を入れたのだとしたら、その原因となる不満。

 最近、第二次世界大戦での日本軍について考える、分類でいけば”良心的”な部類の、とあるグループの人たちと話す機会があった。南京事件について、何もなかったという人は誰もいないが、30万というのはかなり大げさだ、また中国人とその話をすると、こちらが一人で日本人代表のように背負って受けて立たなければならなくなる、正直しんどい、それで避けたくなる、と言っていた。
 私も個人的に、ただXX人である、というだけで無罪放免、あるいは道義的にOO人よりも上、あるいは優秀である、と自動的にみなす、みなされるのはおかしいと思っている。ただ、日本人もそれを今まで、さんざんやってきてはいる。
 誰もが言っていることだが、今後中国とは、ますます込み入った、嫌な関係になるだろう。こんがらがった糸を根気よく解く意欲が萎えたとき、手っ取り早く解決、という考えが台頭する。

 毒入り冷凍餃子に関連してもう1点。
 やはり、便利だからとできあいに頼りすぎるのは危険。食品から家作りその他、すべてに関して。いきなり全部は無理でも、自力、地産地消の部分が増えたほうがいい。
 そもそも、しょっちゅうトロやカニ、牛肉、その他高級品を食べる生活である必要もない。そうしたものを頻繁に口にせず、ハレの日に食べる生活に戻れば、漁業資源なども枯渇しにくくなる。

 食料自給率が落ちていることについて、「日本は工業立国、加工品で稼ぐしかない、食料は世界に友人となる国をたくさん作ってそこから輸入すべき」という意見を新聞で見たが、甘いと思う。危機的状況になったら絶対分けてもらえない。
 また、中国の冷凍食品工場を見て、その過剰(と私には見える)な衛生管理に、こんなに薬漬けのほうが、かえって怖い気がしたのだが。大体、普通の町の中華屋さんが、あんなに何度も消毒し完全防備で餃子を作っているか?劇薬が混入していなくても、あれだけ薬剤で手や調理台を消毒しているほうが、なんとなく不気味。冷凍で長期保存する前提のため、わずかな菌の存在も許されないのだろうが、そこまでして冷凍を使う必要があるだろうか?
 便利のために、誰かや資源や環境(手垢のついた言葉だが)に無理や負担を強いてはいないか。

 やはり、基本的な生活技術は自分である程度こなせるようにしておきたい、今後進むべき道はその延長線上にある、と再確認した。できれば今の野菜と雑穀畑1反に加え、エゴマ1反、大豆1反もやれたらと思うし、綿も欲しい。ただその場合、今のような週末作業では足りなくなってくる。

 家作りにしても、まかせきりだとごまかしを見抜けない。一方、高価で専門的なものは、知識を身につけるのも時間がかかり大変だ。マンションの偽造など、普通の人には見抜けない。
 投資や保険契約などについて、自分が理解できるものを選ぶ、というアドバイスをよく聞く。家にしても衣服、食料にしても、その原則は同じかもしれない。

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食料を他者に頼るということ

活東庵公開日:2008.3.5

 台湾を旅行していたときのこと、観光地からの帰り、最初はバスを使う予定だったが、ミニバン型のタクシーが安いというので変更した。するとバスが出たとたん、タクシーの運転手らが条件の変更を言い出した。
「中国人、てこうなんだよなー。もうバス出ちゃって、他に方法がない、となったとたんにこうなるんだよなー」
とうんざりした口調で在日華僑の男の子が言う。しかし台湾の友人らは大声でやりあいはじめた。突然一人がさっと立ちあがり、運転台に腰掛けた。窓から首を突き出してなおもやりあいつつ、ハンドルを握る。別の台湾の女子は
「でも彼、免許持ってないね」と言い、台湾の男子が運転を始め、 突然ブレーキがかかってガタン、となると
「マーマ!(媽媽)」と顔を伏せた。
これには助手席に座っていた本当の運転手も思わず苦笑。
結局300元下げさせ、これにはお坊ちゃん華僑も「すげえ」と驚いた。
あとで台湾の女の子は
「中国人は大声でやりあうけど、あれ何でもないね。普段でもそうだから、怖がらなくてもいいね」とケロリと笑った。

 『中国の危ない食品』周勍著(草思社)と『中国ニセ食品のカラクリ』富坂聡著(角川学芸出版)は、例の殺虫剤入り冷凍餃子事件よりも前に出版された本だが、中国での食の安全について驚愕の実態を報告している。中国にもこうした骨のあるジャーナリストがいるから、十把一絡げに「だから中国人は」という気にはなれない。一方富坂氏は、中国人は日々激烈な競争社会を生きており、生き残るためには何でもする、良し悪しでなくそうした環境にいる、グローバル化するとは、好むと好まざるとにかかわらず、日本人もそうした厳しい生き方をする人たちと付き合わざるを得なくなることを意味する、と指摘する。

 この話に、「墨攻」という日本の漫画から中国人が映画化した作品を思い出した。さすが中国製作だけあって激烈な勝ち抜き競争社会と、その中に現れた博愛主義の墨子の特異さがよく出ていた。完全な劣勢に回り、しおれまくっていた皇帝が、対立する高潔な韓国の将軍の一瞬の甘さをついて一気に形勢逆転、将軍の殺害を決定するときの皇帝の笑いは忘れられない。中国人俳優でなければあの笑いはできないよ、と思う。

 食糧自給率が下がり、中国は日本の畑だから安全な食料供給に努めてほしい、と言っている人がいたが、なんと甘ちゃんなことよ、と思う。過度に依存して代替手段がなくなったときに、足元を見た値上げ売り渋り、代わりに何を出せその他縛り条件提示は確実に起きる。そのとき相手のモラルを責めても無駄だ。自分の甘さを思い知るだけなのだ。それは日本人相手だからそうしている、とか、そうした感情、心情論以前の問題だ。だから日中友好だので解決できる問題でもない。

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聖火リレー

公開日:2008.4.21

 どうも最近、隣国がかつての大東亜戦争当時の日本に重なって見える。紙幣などにも見られる五族共和と、かつての大東亜共栄圏はよく似ている。本当に本人たちが満足しているならなぜチベット人はあちこちで抗議するのか。かつての日本に抗議する民衆の姿に重ならないか。
 聖火リレーの件でフランスに抗議する若者たちのようすも、日露戦争終結時の抗議や戦前のさまざまな提灯行列、満州国が受け入れられず国際連盟を脱退した時の日本に重なって見える。デモで意見表明は構わないし当然の権利だが、内輪受けしか見ていない視野の狭さ、世界と通じない自分たちにしか通じない言語で語っている感じ、官製にすぐ乗ってしまうあたり、噂に疑問を挟まずそのまま信じて興奮してゆくあたり、そっくりだ。皆と一緒の一体感に酔うレミングのような感じは、東アジアの特性なのだろうか。

 インターネットも携帯メールもいまいちなツールだな。自分で考えずうのみにして皆と一緒に行動する人が増える気がする。それで被害を受けても、あとであれは間違っていましたとなっても誰も責任をとらない。第二次世界大戦前夜、マスメディアが登場したことにより全体主義型統治をしやすくなったが、携帯メールとインターネットによって新たな煽り手段が現れたようだ。当然統治にも利用されるだろう。

 かの国のメディアにも失望した。とあるニュース番組の(中国駐在経験もあり著書もある)某コメンテーターは、日中メディア会議で中国側に多少当局寄りでない発言をする人もいた、ということで「ずいぶん変わってきたと思う」と評価していたが、その程度で評価かよ、と正直思った。それを評価するなら、もう戦前の日本のメディアを批判する資格ないな。
 もちろん、その程度の生ぬるい発言ではなく、はっきりと聖火リレーに関する国内反応について、「冷静に」等呼びかける中国人もいる。ある地方紙がそうした意見を載せたところ、非国民と非難が殺到したとの報道を読んだ。こうした際の常套句”非国民”も、戦前戦時中の日本の雰囲気そっくり。日本で活動する中国人にも、個人的にリベラルな意見をメディアに載せる人がいるが、そうした表明により、いやな目に会わなければよいがと思ってしまう。

 最近のこうしたようすを見ると、もう向こうも日本のことを言えないと感じる。情報が制限され疑問を持つことなく突っ走った戦前戦時中の普通の日本人。今の中国人も同じ穴のむじなだ。これだけインターネットだのテレビだのが普及しているのに不思議な気もするが・・・。みな、見たいものしか見ないのかもしれない。

 逆からの情報の入りにくい心理状態に持ち込む技術というものがあるのだろう、と感じる。以前ここに書いた、よくある会社でのトラブル(煽られやすい人々)でも感じたが、一方からの情報しか耳に入らず、逆側が言っていることが一切入らなくなることがある。その場にいる人大多数をそうした状況にもってゆくのに長けた人がいるが(1.恐怖心に訴える、2.物理的に情報が一方(A)からしか入らないようにして、もう一方(B)からの情報の流れを遮断する)、それを国家規模で行うことも可能、ということだ。解毒剤は恐怖感の解除とB側からの情報をあきらめずに流し続けることだけか?あきらめたり頭にきてこちらが切れたら終わりだ。

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人権と環境と

公開日:2008.5.26

 中国は人権を無視している国だ、とよく批判される。しかしそのお蔭で世界中が恩恵を被っていることが一つある。

 いわゆる一人っ子政策だ。中国がこの政策をとっているお蔭で、出生率を強制的に抑え込み、世界一の人口大国で人口爆発が起きないで済んでいる。この政策は、一人っ子を守らないと罰則がある、場合によっては強制堕胎もあるなど、普通の人権基準からいったらかなりの侵害ものだ。がしかし、(団体によっては問題にしているところもあるが)、大多数はこの点についてはスルーしていることが多い。なんとなく、人権もご都合主義だと思わなくもない。

 石弘之氏に『地球・環境・人間』I、II(岩波書店)、『地球環境危機報告』(有斐閣)という本があるが、これを見ると、食糧、エネルギー、水の環境はいま深刻なレベルにあり、今後さらに悪化する一方と暗澹たる気持ちにさせられる。その主な原因は世界の人口増加、そしてそれに加えて生活レベルの上昇(欲望を煽る自由主義経済の暴走)がある。

 以前、環境問題を扱ったテレビ討論番組を見ていたとき、ある若手研究者がこれからの社会について、これまでの社会は、資源は無尽蔵にあることを前提としてきた、しかしここへきて空気も水も食糧もエネルギーも限界があることがはっきりした、だからこれからは個人の欲望を一定レベルで抑制する、ある程度の不自由を各個人に要求する社会になってゆくだろう、と語っており、印象に残った。

 確かに、そうならざるを得ないだろう。欲望を抑えるとは、肉食を減らし車に乗らないレベルから、中国のような一人っ子政策レベルも含まれてくることになる。

 世界はこの点について、中国に感謝してもよいくらいだ。
 抑制を行っていないアフリカなどでは人口が爆発的に増えている。新たに開拓できる農業適地もなく過放牧で土地も疲弊、農村で養えきれない人口圧力から都市のスラムへの流入、さらに仕事がないためヨーロッパに押し寄せる経済難民となる。

 ”人権侵害”までして抑えているところと、そうでないところと、今後どう評価すべきなのか?四川大地震で虎の子の一人っ子を失った両親の嘆きを見ていると、複雑な気持ちになる。晩婚奨励で中学生くらいで失った場合、もう一人産めない夫婦も出てくるだろう・・・。

 禁酒法に成功した政府はないと聞いたことがある。政府がモラルを言い出すと失敗することも多い。”欲しがりません勝つまでは”的社会になると窮屈だろうなとも思う。

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慈済

公開日:2008.7.28

 久しぶりに会った台湾の友人が、いま慈済という団体でボランティアをしている、良かったら見に来て、という。

 慈済は證厳法師という台湾の尼僧が1966年に始めた仏教のボランティア団体で、今では台湾では最も大きいNGOの一つとなっている。数人の出家弟子と信者の主婦らが内職などでお金を貯めては貧民救済や災害援助を始めた。やがて活動に賛同した人々が大勢参加するようになり、病院建設など医療支援活動や学校建設など活動規模も大きくなり、世界に移民した台湾人を通じて30カ国に支部ができるまでになった。感じとしては、マザーテレサの始めた Missionary of Charity(マザーハウスなどの運営母体)に似ている。
 台湾では非常に有名だそうで、中華航空も慈済の活動だというと運賃を割り引いてくれるという。中国の四川大地震のときも、(同じ中華系ということもあるだろうが)世界も最も早く現地入りしたNGOである。

 この団体の支部は日本にもある。ホームレス支援や街頭の清掃、チャリティで資金を集め日本の福祉団体に寄付したりミャンマーサイクロン災害などの海外援助を行ったり、中国語の教室やコンピューター講座を開いている。
 よくある既存の大宗教系の団体で(いわゆる新興宗教系の危うさはない)、創立者の證厳法師もひたむきな人と思う。(マザーテレサも含め、もちろん、こうした団体で成功する宗教者は政治的にも優れた資質を持っている。俗っぽいと見る向きもあろうが、そうでなければこの世で結果を出すことはできないし、大きい団体の運営に成功しない)。

 慈済でも環境問題を大きく扱っておりマイ箸を推奨しているが、一般的にもマイ箸持ち歩きを当然としている台湾人は多く、日本人は環境に無関心、と台湾の友人らは言う。ただし、割り箸が環境的に良いか悪いかは議論の分かれるところだ。

 慈済ができたのは1966年、活動が大きくなり認知度も高まったのはここ10年くらいのようだから当然かもしれないが、中華圏にこれだけ大きなNGOが存在することに驚いた。
 ところで慈済のパンフを見ていると、医療支援の部分で病気や奇形の写真がそのまま写っている。台湾などでよく、事故現場写真が新聞や壁新聞ニュースに堂々と出ているのを目にすることがあるが、いかにも中華系、日本と感覚が違うと感じる。逆に見慣れて普通になれば、わざわざ残酷写真をネットから集める暗い趣味も育ち得ないのかもしれないが。

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新疆ウイグル自治区での暴動

公開日:2009.7.14

 あまりことさらには言いたくないが、正直、チベット族やウイグル族の主張は「三一独立運動」や「五四運動」とどう違うのだろうと思ってしまう。そして、チベットやウイグルへの漢族の入植は、満州帝国とどう違うのか。移住した一般の民が先住民族との対立の恐怖から武器を手にする様子は、満蒙開拓義勇軍や、ガザに入植したイスラエル人らと、どう違うのか。
 民族融和をわざわざ唱える様子は、五族協和をモットーとした満州帝国と、同じ原因から発していないか。

 日本人がそれを指摘すると「それを根拠に戦争中のことを免罪符としたいのか」と言う”アジア人”もいると思うが、おかしいものはおかしい。ちゃらにするというのは全く別のことだ。そうしたくて指摘する人もいるだろうが、そういう人は計算高い人。大多数は中国に特に悪感情はなかったのが、棒を持ってウイグル族に対して立ち上がる漢族の人たちを見て、「なんだ、そういう人たちか」となってしまう。

 日本の親中国派も思考停止で役に立たない。チベット問題について
「チベット問題をあげつらう人、で中国嫌いだからやっている人が多い」
という言い方をする。では、ベトナム問題をやっていた人たちは、アメリカ嫌いだからあげつらっていたのか?そういう低レベルの好悪からではないだろう。身びいき意識の強い人が多過ぎる。そして批判を封じ込めたがり、聞かなかったことにしたがる。

 中国嫌いな人がこの世にいても仕方がない。基本、一昔前のアジア派はアメリカ嫌いが多かった。自分が他国を嫌っているのにそれはスルーで、自分が贔屓する国を嫌うことを批判するのも、視野が狭い。そういう風だから逆に、中国とそのシンパに反感を抱く人が増えてしまう。

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NHKの台湾番組騒動で感じたこと

公開日:2010.2.8

こちら → 台湾2009

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軍隊を知らずして・・・

公開日:2010.2.25

 先日、台湾の特攻兵の話を聞きたい人がいるのでサポートしてもらえないかと頼まれた。話を聞くと、韓国の特攻兵については本も多く知られているが、台湾に関するものはない、台湾にも特攻兵がいたと知って心をえぐられる思いがした、周りの学生もみな知らない、この状況は看過できない、と若い人にありがちな、やや性急な正義感に溢れていた。

 ところで、台湾や韓国の年配者で「特攻仲間だ」「特攻精神でがんばった」と言う人はよくいる。だからといってみな特攻隊だったかというと、そうではないことのほうが多い。
 日本人の元兵士でも特攻隊だった、と言う人は多いが、本当の意味で特攻隊だった人は少ない。聞き取りの際、「ニセ飛行兵に注意」というくらいだ。

 学生の根拠は、”神風特攻隊の訓練を受けた”というある台湾人元日本兵の本による。しかし彼は陸軍に入隊している。神風特攻隊は海軍。これはまずありえない。陸軍と海軍はどの国でも完全に別組織だ。(海軍の神風特攻隊の”成功”後、陸軍にも別の特別攻撃隊ができた)
 しかし、そう説明してもピンとこない様子で、感覚的に理解できないようだった。本人がそう言っているのだから陸軍に入っても神風というのもあるんじゃないか、と考えてしまうようだ。頼んできた人は、戦争当時幼く戦後教育を受けたバリバリの戦争反対反米親中の人なのだが、その彼女も同じ様子だった。

 また、特攻を行うには、そのために敵の居所を探したり、特攻機を現地まで誘導する必要があり、そうしたさまざまな役割の人がいる。特別攻撃隊に配備されても、索敵や直掩の人もいる。百中百死の特攻機への搭乗に選抜された人と、索敵や直掩に回った人とでは、危険は多いが”必死と決死の差”、完全に意識の差があったことは城山三郎などが(「一歩の距離」など)かなり書いている。
 基本的に「特攻隊員」はこの必死の立場に配置された人のことで、よって基本的には戦闘機乗りになる(重爆撃機や艦上爆撃機、練習機などによる特攻もあったが)。

 本にある訓練が”特攻隊員として”というのは何を根拠にしているのか、いくら読んでも私にはわからない、論文を作成するつもりなら事実関係は明確にすべきと思う、名前の出ている当時の航空隊訓練施設を当たって裏を取るのも一つの方法だと話した。
 すると「訓練の話は具体的だ、それがその索敵とかいうもののためかどうかはわからない」と言う。索敵はあくまで一例なのだが、このときも軍隊組織に関する基本的な知識がないのではないか、と感じた。学生も、70歳近い女性も、二人とも。それで、当時の日本軍の仕組みにも目を通したほうがよいと答えた。

 アジア好きな人は、東アジアや東南アジアと関わっていると先の戦争が関連してくることも多く、どうしても戦争絡みの話を避けて通れない。しかし戦後世代は軍隊について基本的なことを知らない。
 またアジア好き、アジアの人と友達になろう、というタイプの人はリベラル、反戦の立場の人が多く、戦争イコール悪、軍隊に対する忌避感、嫌悪感も強い。このため、当時の日本の軍隊が実際どういう組織だったか(非人道的だったなどといった感情的な内容ではなく、制度的な内容、つまり新兵募集や補充の仕組み、平時編成と戦時編成の違い、兵隊と将校の違い、昇進の仕組み、などなどについて)殆ど知らないし、勉強もしていないし、する気もない。
 これはいわゆる団塊の世代の人たちも同様で、戦争についてよく語る割には軍隊の実際的なことに関する知識がない。反戦本は読んでも、当時の常識や軍隊組織と制度について知らない。殴られた非人道的だったという手記や映画は見ていても、一期検閲とか内務班制度とかわからない、特幹甲幹予備役などの言葉を既に知らない。70近い年齢ですでにそうなのだ。
 このため、誤解やあやまった話もまかりとおりやすい。
 かつては私も同様だったので、あまり偉そうなことは言えないが、こうした状況はやはりまずいと思う。

 思うに、この神風特攻隊という老兵の話は、終戦間際になると航空隊で「全軍特攻」という言葉が使われるようになり(本土防衛のために全軍特攻精神でゆくという話で、実際の特別攻撃隊とは異なる)、その絡みで「特攻隊だ」と思った可能性もある、”神風”というのも日本人にそうした話をしたところ「ああ、カミカゼですね」と(安直に)言われたなどで本人も今ではそう思い込んでいる可能性もある、という気が、個人的にはしている。韓国の特攻隊員の話は残っており、台湾のものはない、というのは基本的にはなかったからではないか(基本的には、というのは薫空挺隊があるからだが、その話は後述)。あれば、林えいだいその他専門のノンフィクション作家が必ずとりあげているはずだ。

 自戒も含めて言うが、反戦系の人は、戦争についてあれこれ言うが、実際の軍隊の制度や組織についてきちんとした知識のある人、学んでいる人は少ない。こうした状況がまかりとおるのはおかしい。他の分野ならありえない。
 戦争、軍隊と言えば条件反射のように「反対」、タブー視して、その実、きちんと向き合っていない。その姿勢からの言論が許されている。大甘な言論分野だと思う。
 そして危険だとも感じる。まだ今は健在な、なまの体験と知識のある人々がいなくなったら、検証できなくなる。あやまった土台の上に議論が積み重ねられてゆき、あやまった方向に誘導されかねない。

 ところで、台湾人による特攻隊といえば、幻の薫空挺隊がある(第三次高砂義勇隊)。生き残りがおらず全容は不明、”幻”と言われていたが、現在では知覧特攻会館で顕彰されており、薫空挺隊も特別攻撃隊だったと認められている。

補足 2010.4.7 活東庵
 前回、戦前、戦時中の軍隊の制度を知らずに当時の戦争のあれこれを語っても、という話を書き、その例として特攻隊をあげた。
 先月末、ある元特幹の人と話す機会があり、気になって聞いてみると、神風特攻隊は海軍が始めたが、陸軍の特攻隊のことも神風特攻隊と呼んでかまわない、という。それは今現在の呼称ではなく、戦時中でもそうだったのか、と聞くと、そのへんごっちゃになっているが特攻はみなカミカゼだと言う。陸軍は振武隊などではないか、と聞くと、そうだがごっちゃになっているんだよね、最後は全軍特攻とか言っていたし、最後は境がはっきりしなくなった、という。
 一方、特攻隊の死として認められるかどうかは厳しいそうだ。特攻に行くために乗った輸送船が撃沈された場合は、特攻隊の死として認められない、これはおかしい、と言っていた。回天の場合は回天会がしっかりしているので、そうした死も認められているという話だった。

 戦前、戦時中の軍隊の制度をよく知らずに戦争を語る危険性とともに、もう一点気になることがある。
 かつて中国映画では必ず中国共産党万歳で終わらないとまずかったように、あるいは戦時中の創作物が国威発揚、戦意高揚でないと判断されると発表を許可されなかったように、今の日本社会では戦時中の話や平和と戦争がらみの話になると、映画でもTVでも小説でも、必ず最後に「戦争はいけない」で終えることを良しとする、予定調和のような雰囲気のあることが、とても気になっている(小説は若干反逆精神がある。マスを対象としないからかもしれない)。
 誤解されやすい内容なのでこうした内容を書くには注意が必要だが、別に「戦争はいけない」という思想そのものがまずい、と言っているのではない。個人的にはまずくないと思うが、話の落としどころをとりあえず全部そこに持ってゆけば安心、という雰囲気自体が安っぽくて好きになれない。もともと天邪鬼なので、みながAがいいと言っていると、でもそれは違うかもしれないと言いたくなる、というのもある。その時代の皆が”まる”としていることを言っておきさえすれば自分は正しい側で”いい人”なんだと安心し自負もする感じが、ドラマの作り方や語りとしてあまりに安直すぎる気がする。

 はっきり言って、”終戦”直後の教科書黒塗りなど逆検閲そのものだ。でも「この体験で大人は信用できないと思った」という話はよく聞くが、これも検閲であり方向は逆でもやっていることは戦前と同じと判断する話はまず聞かない。戦前も思想教育があったように、戦後も思想教育があった。その最中にいて気づかない人が多い。戦前も気づかない人が多かったように。

さらに後記:
 今年(2010)台湾で聞き取りをした際、この”神風特攻隊の訓練を受けた”という台湾人元日本兵と、少飛17期で同期だった別の台湾人元日本兵に会う機会があった。彼ははっきり「自分たちは特攻隊じゃない。その一歩手前だった」と明言した。
 一方、元特攻隊という台湾人元日本兵は、学生が訪ねた際、脳梗塞の後遺症で話のできない状態だったと聞いた。

 台湾の元日本兵のインタビュー記事はこちら

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現地調達・・・

公開日:2010.2.25

 戦争関連でもう一つ。
 元兵士の話を聞いていると、よく日本軍の糧食は現地調達だった、それに比べ米軍は補給が豊かだった、これでは勝てっこない、という話が出てくる。なんで「糧秣は現地物資に頼る」なんてしたのかねえ、という老兵もいる。
 一般でも、このことは日本軍のダメダメな部分としてよく引き合いに出される。

 このため今まで、「糧秣は現地物資に頼る」というのは戦前の日本軍が乱暴に思いついたやり方かと思っていたが、これはもともとナポレオンが始めたということを『ドイツ参謀本部』(中公新書、渡部昇一著)を読んではじめて知った。
 ナポレオンが食糧を敵地から徴発する思想を導入し、それまで行軍スピードの足かせとなっていた糧秣や荷物の運搬、貯蔵庫の配置があまり問題にならなくなったという(現地調達される側から見れば、よい迷惑と思うが)。

 つまり日本の戦い方は従来どおりのやり方、アメリカの物量作戦が新式だった。

 ちなみに国民皆兵の原点はフランス革命、参謀制はプロイセン。

 また、武器が旧式だったから戦争に勝てなかったとよく言われるが、当時の中国では日本軍の武器が横流しされており、日本の敗戦後の国共内戦でも旧日本軍の武器がさかんに使用されていた。この当時の状況についてはこちら(日本軍武器の再利用)。

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中国の沖縄領有主張

公開日:2010.8.27

 新聞やテレビではあまり報道されていないようだが、先週土曜に会った知人が「ラジオのニュースで聞いたが、中国が「沖縄は中国の領土だ」、て言い出したらしいぞ」と言った。みな口々に「とんでもないな」と言っていたが、私は内心「やはりねー」と思った。

 5月にここで
「基地が沖縄にある、というのは、別に日本政府が本土は嫌だから沖縄に、と頼んでいるわけではない。アメリカが沖縄がいい、と言っているのだ。それをはねのけるには、1.日本に強くなってもらう 2.沖縄が独立し沖縄自身が強くなる 3.中国の庇護下に入る のいずれかだろう。」
「中国領になれば、確実に米軍基地はなくなる。その代わり、中国軍の基地が来る。」
と書いた。

 鳩山の訪中直後のタイミング、というのも笑えるが、いまや沖縄独立→中国の保護国化にもってゆくべく煽ったり理論付けなど、いろいろ動き始めていることだろう(鳩山が、というのではない)。

 国家も生き物で、元気なときもあれば弱ってくるときもある。歴史上一定ということはない。日本は弱ってきている。国力が落ちれば国家は解体される。ポーランドがその例、消えうせることもある。カルタゴがその例、沖縄よサヨウナラ、今の日本もサヨウナラ。
 台湾の知人も、「中国人は利用価値のある間は笑顔です。利用価値がなくなれば、とたんに鬼の顔になりますよ」と言っていた。
 曽野綾子が「あまりのうぶさに驚いた」と書いていた、集会で「もし話し合いでも解決できず、外国の軍隊が入ってきたらどうしますか?」と聞かれたとき、迷った末「わが身を差し上げます」と答えたという女学生さん(今は”元”か)、がんばってください(半分以上皮肉)。

 もし万が一、今の日本に中国軍が進駐(それを進出ととるか侵略ととるかは見方次第?)してきたとしても、ただ黙って何もしない人が多そうな予感がする。どうせ立ち上がっても勝ち目はないだろう、となすがままに流れ、ゲリラ活動とかもないだろう。
 それを見た日本の魯迅が出るかどうか。魯迅のみたとおり、社会の元気さ、健全さは、個々人の意識、活力にかかっている。今の日本なぞ滅んでもいい、と内心うっすらと感じている二流に陥れられた人々(派遣非正規含む)は意外に多いと思う。

 今書いたことを荒唐無稽と感じる人もいると思うが、十年後はかなり様変わりした世界になっていると予感する。おそらく直接武力進出はないものの、外堀を埋めるように、何も言わないうち、いつのまにかある状況になっている。

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奴隷になりたくないなら

公開日:2010.9.24

 下記活東庵をアップしようとしたら、遅かった。これは大きな判断ミスをしたと思われる、日本政府。とりあえず、まずはアップしようとした内容をそのまま上げる。

奴隷になりたくないなら

 ついに中国が本性を現した、という感じだ。かつてケ小平がこの問題について「後世の頭のよい人たちに委ねよう」と先送り発言をしたとき、「悠久の歴史からくる思慮深い発言」と感動して新聞にもそう書いていた人たちがいたが、実はこの時を待っていたわけで、今どう弁明するのだろう。でもこの時期、それがわかって良かった。これで食品、製品などはすべて安い中国で作ればよい、とする能天気な一部経済人、食糧は他国から買えばいい、とするお目出度い連中も目が覚めたと思う。
 相互依存が高まるから決定的な制裁は無理だという人もいるが、やれるよ、簡単に。日本にとって貿易の対中比率は高くても、中国からみれば対日比率はそう高くない。今後、このままだとその差はますます開いてゆく。
 今はレアアースなどだが、中国に対する食糧依存度が増したら、確実に食糧禁輸を武器にする。他国はそうした”人道的によくない”ことを武器にすることはまずないが、中国はやる。それは歴史を見れば明らかで、中国人同士そうやって興亡してきた。昔から現在の中台対立に至るまで、水に落ちた犬は徹底的に叩く、九属まで叩く。

 日本は三権分立、司法は大津事件と同様に対応し、政治からは切り離し、独立して裁くべきだ。中国は確実に矢継ぎ早に制裁を課してくるが譲歩しないほうがよい。ここで折れると今後、確実に要求がエスカレートしてくる。はっきりした以上、国が貧しくなってもよい、と覚悟すべき。奴隷になりたくないなら。

 以前、カラーコーディネートの講座を受けていたとき、アメリカ人講師が「日本人の女の子は服を持ちすぎている。コート類も含め平均125着から150着持っている。そのくせ普段着る服は決まっていて、ほとんど着ない服も多い。アメリカ人はそんなに枚数を持たない、上下組み合わせを変えて着まわしている。少なくとも2年着ない服は要らない服と思っていい」と言っていた。そんなに持っているかなあ、と疑問に思いつつ、実際数えてみたら、私でも120着ほど持っていた。そんなにおしゃれなほうではない、むしろダサいほう。でも確かにこんなにいらない。食糧も輸入量の2割3割も捨てるほど輸入する必要ないだろう。ちょうど良い機会だ、消費社会から脱却しよう。

 経済が縮小しても、生活レベルが後退しても、スリム化して消費社会を改め、自分の手でやれることを増やしてゆく。先端技術は極める一方、いざとなったら元の生活(石油に依存しない生活)に戻れる、という強さを社会全体が持つ。何でも買ってすませる生活も改める。中国問題だけでなく、世界中で資源が限られてきており、争奪戦が始まっていることから考えても。

 対日リスクの高い中国には確実に依存しないほうがよい。奴隷になりたくないなら。観光の中国頼みも、かねがねから問題だと思っていた。なぜなら観光産業は地元を荒廃させると言われる。『なぜ世界の半分は飢えるのか』という本でいう自立的依存に陥りかねない。まったく不要とは言わないが、柱にはしないほうがよい。消費社会をやめる、安物追求をやめ地産地消型にする、景気回復の中国頼みはやめる、とすれば、かなり血を流すことになるが、根本的に変わるチャンスでもある。いずれにせよ消費型社会は、資源量からいって早晩終わりが来る。

 こうした考えは一歩間違うと「贅沢は敵だ」的なものに陥る危険はある。精神論の押し付けは息苦しいから、中国からの輸入ストップなどで、どれだけ普段の生活が脆弱なものの上に成り立っているか、身をもって気づいたほうがよい。やむをえず方向転換せざるを得なくなれば精神論どころではない。

 温家宝自身は非常にすぐれた政治家で、日本にこのレベルの人がいないのが残念だが、いつまでも彼が中国の首相でいるわけでもない。やがてもっと強硬で教条的な人物が上に立つ。今はまだましなのだ。序の口だ。

 中国人だって他人の奴隷になりたくない人々の気持ちはわかるだろう。国歌にそう歌っているのだから。日本人でもフィリピン人でも、どの国の人ももみなそうなのだ。

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 とここまで、今日のニュースを聞く前に書いてアップしようとしていた。それがまったく。
 おそらく一部の経済人に泣きつかれ、アメリカも助けないと判明したのではと勝手に邪推する。いっそ中国製品と資源が、まったく日本に入ってこなくなったら見ものだった。国民生活を守る、て、ほかの人は知らないが私個人は昭和初期に戻っても良い。そのために準備しているんだから。

 日本でだめだから中国で事業とか言う輩が、周りにときどきいる。悪いけど、甘い見通しで失敗しても同情しない。中国で最初にXX業で成功する、「だってあいつらわかりやすいもん」と豪語していた女性、人前で中国人を怒鳴りつけていた。これ、てやってはいけないことの基本のはず。中国人は大人だから表面人当たりの良い人は多い。でもやられたことはずっと覚えていて、10年後に「あのときあなたこうしましたね」と言う。きっと足元掬われる。

つぶやき:温家宝首相は、いわば『大地の子』の陸一心が文革で批判にさらされていたとき、表向きは罵りつつ助け舟を出して陸を助けた中国人の友人のような役割だ。政治家として信頼できる。だからといって、もう中国には依存しないほうがよいと思うが、周恩来はじめこういう人が中国には出てくる。

つぶやき2:沖縄地検の独自判断ということが本当なら、中国が水面下で沖縄に働きかけている。沖縄が独立すれば当事者は沖縄になる。工作は始まっているはず。
@つぶやき2(2010.9.26):石垣の漁民を守れないようなら、日本から離れてゆくだろう。大体日本は彼らに操業自粛を要請し、中国台湾漁船は操業している、という時点で終わっている。あの海は八重山漁民の海だろう。その彼等を押しとどめる、て。レアアースや輸出産業のために彼等に我慢してもらっている、て話だろう(私はここに、つぶやき8で書く「イラクの人質は国策にじゃまだから死んでくれ、F社社員が捕まった、そりゃ大変だオタオタ」と同じにおいを感じる)。でも今回のことで、こうしたモロモロのことが明白に浮かび上がってかえって良かった。波荒立てずにとごまかし、だましだましやってきた結果だということがよーくわかった。国防問題、軍隊の問題なども含め。
 このことは大きい問題なので次回書くが、一つ、つねづね思うのだが、九条やっている人たち、て覚悟は出来ているのだろうか。軍事力で威嚇されてもたじろがない、という。軍隊は持たない、軍事力で脅されることのないよう「世界と仲良くする」こじれたら「話し合いで解決」なんて深く考えてもいない飾り言葉で自足してその先の自由なシミュレーションや疑問による自問自答を自らにも他人にも封じている。九条の会へ勧誘してきたある中年女性(戦争体験世代でない)は疑問を呈すれば右呼ばわり、先の大戦元兵士の体験談に「あんたねえ、いまさら嫌なことほじくり返して!日本が嫌いなの?!」と怒鳴りつける(文字通り)。まともな人もいるのだろうが、まったくもって不愉快、言っていることも一貫しない。軍隊は持たない、その代わり軍事力で脅されても屈服もしない、血を流しても無抵抗不服従を貫く覚悟が本当にあるのか。国家の暴力の前にはひとたまりもないぞ。それでも貫くということが本気であることがわかれば、私も協力するかもしれない。いざとなったら逃げ出しそうな、そこまでの覚悟はない、良心のアリバイ作り的胡散臭さを感じるから好きになれない。まあ、そういうアリバイ作りをしないと後ろめたさや罪悪感を払拭できない人が多いという戦後日本の精神状況も哀しいものがありますな。(まあ、私が嫌いな9条はまり女性は、それですらなくて、最初ヒッポ(某新興宗教がバック)にはまり、次に自閉症のボランティアだかにはまり、今九条にはまるという、やりがい、打ち込むもの探しみたいなところでやっている人なので長年やっている人とは違うのかもしれないが・・・)。

(2010.9.25)
つぶやき3:
なんだか経過が面白い。謝罪と賠償を要求、いかにもやりそう。それにどう反応する?不快感、て・・・。逆にこの問題で経済的にこれだけ大損したとか契約違反だとか、例のビデオ出して海保の船の賠償請求したらいいのに。でもその度胸はないだろうな、今の政権。お互い表面上は訴訟合戦、茶番の裁判劇でも組んで大々的にマスコミに餌をまいておいて、裏では密約落としどころの探りあいしたらいいのに。中国やインドはだめ元でトンデモ要求をいちおうしてみるところがある(一般の人も)。それをまじめに反応して不快感、て・・・。イランの某大統領くらいの図々しさがあると、とても面白いのだが。

つぶやき4:温家宝を誤解している人多い。彼は表面上強硬に叫ぶが、シグナルを出していた。強硬面だけを見て反応している人やマスコミって。彼だから、これで済んでいるのだが。

つぶやき5:ところで中国人は口であれこれ言うのが好き。『中国人と日本人』日中出版いわく、「口では強硬な発言を行うが、実際の行動はきわめて現実主義的」「中国人には信じられないほど言葉と行動がかけ離れた人がよくいる」叩くとさっと逃げ「逃げた先で再び叫び始める」(義和団、蒋介石)。一方「日本人は無礼に敏感、というか過敏。受けた屈辱は現実的な利害計算を無視して報復しようとするところがある」。言葉の強さにオタオタするより、SMAPだかの公演中止やレアアースだかの輸出禁止による契約違反と損害賠償の計算を始めたほうがいい(払うはずはないが内外に大々的に宣伝しつつ請求パフォーマンスをやる)。個人的にはSMAPとかどうでもいいし、携帯持ってないし今後も持つつもりもないし車も持たないからレアアースとかどうでもいいんですけど。PCで使っているとか言うなら、PCやめてもいいです、本気で。
@つぶやき5(2010.9.27):以前台湾でタクシートラブルにあったとき、台湾の友人たちは運転手側と派手に大声でやりあい、それでも埒があかないとなるとハッタリかませた見事な演技と連携プレーで勝利を勝ち取った。このとき友人は「中国人は大声でやりあうけど、あれ何でもないね。普段でもそうだから、怖がらなくてもいいね」とケロ、として言っていた。(詳しくはこちらの「タクシー」の項)。日本人は大声のけんかにびくびくしすぎ。
 ところでこのときも華僑の男の子が、バスが出た後値上げを要求してきた運転手に「中国人、てこうなんだよなー。もうバス出ちゃって、他に方法がなくなると、とたんにこうなるんだよな」とぶつくさ言っていた。別の台湾人も(何度も書いているが)「中国人は利用価値のある間は笑顔です。利用価値がなくなれば、とたんに鬼の顔になりますよ」と言っていた。日本人どうこう言う前に、まず自分たち同士でそういうバトルを繰り広げている人たちだ。

つぶやき6:小泉だったらここまで足元みられなかっただろう、という気はする。美濃部都政以来の、”いい人”が政治をやるとろくなことないの典型的な事例。

つぶやき7:この騒動、既視感がある。「人の命は地球より重い」とか言って日本赤軍の犯罪者を釈放した、あのハイジャック事件だ。戦後教育の洗脳の成果?

@つぶやき(2010.9.26):日中の記者だかなんだかの会合で、中国人記者が「日本人は中国人の気持ちをもっとわかるべき」と言っていた。それなら中国人も「日本人の気持ちをもっとわかるべき」必要がありますな。

サラリーマンからの怒り覚悟のつぶやき8:ところで拘束されたF社の社員、今回「自己責任」バッシング非難を受けない。おそらく軍事施設云々は言いがかりだろうものの、不穏な情勢の中迂闊だったと言えなくもない。
 渡航勧告が出ていたか否か、拘束相手への怒りの度合いが違う、などはあるだろう。それでも、イラクのときの3人に対するバッシングは明らかに異常だった。当時ここでも「人から後ろ指さされる人になる」(作家藤本義一の母親が「後ろ指さされる人になりなさい」とつねづね子供に言い聞かせた話)と書いて3人を擁護した。今回逮捕に対する報復というなら、イラクのときも自衛隊派遣への報復だった。今回仕事というなら彼等もNGO活動や取材だった。社命は断れないというなら個人の仕事もあきらめれば食いっぱぐれる。NGO活動も逆にそういうときだからこそ緊急性が高かったはず(だから入った)。その後東京新聞は特報面できちんと後追い記事を出していた。今でも彼女は活動を続けており、子供や地域の人から頼りにされている。@つぶやき8(2010.9.26):今回死刑云々の”あくまで噂”もあったらしいが、「でもあの国はやりかねない」とお偉い爺さんたちがTVで怒っている。あの3人も殺されかねなかったのだが。それでもあのときは3人に怒りが向かい、殺されて当然、国策に邪魔だから死んでくれ、という感じだった。3人が釈放されたのは、Tさん自身の語学力と説得の力もおおきい。その後イラクで実際首を切られて殺害され、その映像がネットに流れた若者はほとんど無視に近かった。「人の命は地球より重い」はずですよねえ。
 自分が世間一般と若干価値基準が違うことはわかっている。こういう比較をすると、勤め人や主婦系の人はほぼ全員嫌な顔をする。それでもしつこく言い続けるが、この手の差が本当に我慢がならない。企業活動を行っている人が被害こうむったら影響大きい、て?はあ?という感じだ。無視はまだいい。邪魔だいっそ死んでくれという神経。ならいかなる場合も誰に対してもそういう反応をしないと変ですよね。当時の3人への強面の対応と今回の腰砕け。マスコミも叩くか叩かないか、”雰囲気”で決めているんですか(笑)。あの苛めと同じ、言い返す力のない弱者と見たら高圧的なバッシングをする、この国の雰囲気は本当に好きになれず、どこかザマーミロ、という気持ちも正直あるんですよ。

つぶやき9:TVの町の声とやらを聞いて思いました。奴隷になりたい人は奴隷になればいいし、滅びたい人は滅びればいいと。今回なんとかお茶を濁しても、根本解決にはならない。とりあえず今が収まれば。この消極姿勢、嫌なことはなかったふり見なかったふりで、気づいたときには時既に遅しで幾多の王朝が滅んでゆきました。バイバイ。

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与那国上空問題

公開日:2010.10.16

 与那国島には防空上の問題点がある。ここを見ている人も結構いるようなので書くかどうか迷ったが、既に本に書かれておりいずれ問題になると思うので取り上げることにする。

 『だれも沖縄を知らない』森口豁著(筑摩書房)によれば、日本と台湾の防空識別ライン(事実上の軍事境界線)は東経123度線、これにより東経124度(石垣島と西表島の間)以西は台湾の管制下にあり自由に飛行できないのだが、なんと、この防空識別ラインが与那国島を通っている。このため、島の空港は台湾領域内にあることになる。
 これは大戦後、アメリカによる沖縄占領時代にアメリカ政府が蒋介石の中華民国と結んだ協定によるもので、1972年5月の沖縄返還時にそのまま引き継がれた。一方、同年2月、アメリカは台湾と断交、中国と国交回復、同年9月、日本も追随して台湾と断交、中国と国交回復。日米ともに台湾と話し合う当事者能力を失っている。
 飛行機で与那国に入るときは台湾の定めるルートを飛べば問題ないとされるが、今でもパイロットは石垣を越えると緊張するという。1984年には実際スクランブル騒ぎも起きている(民間機ではなく海保の飛行機に対するもの)。

 領土と領空がずれているが、なぜそういうことが可能なのか、よそでも(日本の他地域や外国)そうしたケースがあるのかよくわからないが、これは台湾が中国と統一された場合に(あるいは属国化程度でも)、必ず問題になってくるだろう。

 地元は”平時は国境の町でも問題ないが、有事に問題となる”というが、これは沖縄全体で身にしみて感じていることだろう。沖縄や離島をどうするのか、本気で守る覚悟があるのか、いざとなったら逃げ出すつもりなのか、日本人全体の意識に関わっている。政府も国民が冷めていては動かないし、動けない。離島なぞより金額の大きい経済活動のほうが大事としたり、第二次大戦と同様いざとなったら捨石扱いが本音なら、その地に住む人々はそういう人々のために犠牲を払う必要などまったくないし、自分の身を守るため自分たちの利益を最優先に考えて行動してよいことになる。

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奴隷になりたくないならPart2

公開日:2010.10.16

 とりあえず表面おさまったように見える。急にニコニコし始めた。のど元過ぎればなんとやらで、結局大丈夫だよ、ここまで関係が強くなれば下手なことできないよ、と言う人も出てくるし、中国で儲けよう、あやかろう、という人々がまたぞろ出てくるだろう。
 だが私は今回のことを忘れない。中国は勝ち目がないと判断すればあっさり引っ込む。しかし勝機ありと判断すれば強引に一気に押してくる。周囲は眉をひそめるだろうが結局止められない。今回は引き下がったが(胡錦濤温家宝政権だったことも大きい)、それは、今はまだ日本と対立したら勝てない、失うものも大きすぎる、と判断したためのはず(彼らはどこまでも実利的なので)。アメリカも弱ってきているとはいえまだまだプレゼンスがある。
 しかし次回来るときは、日本はさらに弱体化し、ひょっとしてアメリカは太平洋から撤退しはじめているかもしれない。強引に押し切っても大丈夫と判断すれば、一気にエスカレートさせ最後までくるだろう。明治時代と異なり気力のなえた日本人は譲歩に譲歩を重ね自ら沈んでゆく。

 これ、て何やら清朝末期の中国によく似ていますな。まあ国が滅びるときはだいたいどこもそんなもの。森林が再生するには山火事が必要なときがあるように、一度滅ぶのもよいかもしれない。それがないと”戦後日本”の呪縛から逃れられないのではないか、という気がする。
 再生するには種が必要なので、それには文学や哲学、人生観といった精神活動が重要になってくる。再生できなかったなら、それまでの民族だったということで。

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帝国主義

公開日:2010.10.16

 ノーベル賞がらみで、今度は中国がノルウェーを恫喝している。恫喝するということは賞の権威を認めているということになる。白人どもがやっているケチな賞さ、偏向しているしたいしたことないさ、と思うならスルーはず。化学賞や物理学賞、経済学賞を取れば中華民族の優秀さを喧伝するだろうし、実際日本を参考にした賞取り計画もあって、矛盾しまくり。
 最近の中国の行動に世界は眉をひそめるものの、戦後の明るい世界的成長期と異なり二番底も懸念される今、有効に対処することができない(世界に活気があるときは仲間はずれが有効な手段だった)。
 おそらく戦前、不穏な雰囲気の中ヒットラーが台頭し大日本帝国が拡大してきたときも、こういう感じで見えたのだろうと思う。あの時は日本やドイツが悪役トリックスターを演じたが、世界の枠組みが変わる過程で必然性があり、結局逃れられなかったと今振り返っても思う。戦後植民地はほぼ消え去り、様変わりした新しい世界が始まった。そして今もまた、世界の枠組みが変わろうとしている。これは時代の流れで、中国が正しかろうが悪かろうが、いずれにせよ大きく変わらざるをえないところへきている。

 ところで先日、いわゆる団塊の世代の中国びいきと話す機会があった。今は逆に中国や台湾の政治犯問題に興味を持ち、釈放を求める活動を一時期行っていたこともある人だが、「かつては中国が解放の旗手、みたいなイメージでしたよね」と水を向けると「そうなの!あたし全共闘世代でしょ、当時はアメリカが嫌い、米帝国主義に反対して中国が好きになって中国語を学んだの」と目を輝かせて言う。その過去を懐かしむ熱っぽい感じが印象に残った。

 団塊の世代から少し上、戦前生まれでも教育は戦後教育を受けた世代あたりまでは、単純に米帝国主義反対で平和と反戦を信じている人が多い。
 中国語の年配の老師で、今もいわゆる左翼を貫く女性に対し、以前、「子供たちに何も残してあげられなくても、平和憲法だけは残してあげたいの」と語る理由を聞いたことがある。人によってはこうした質問をすると「信じられない、アンタ戦争賛成なの?」と頭ごなしに言って議論を拒否る輩もいるが、彼女はいちおう誠実に対応してくれた。
「だって戦争、てものすごく悲惨なんだよ、戦争が起こったら平和な生活はできなくなるんだよ」と言うので
「終戦当時は幼くて戦争の記憶もあまりないと思うし、体験からもうこりごりだ、ていうのとはちょっと違いますよね。その精神的根拠は何ですか」と聞くと
「だってずっとそう教えられて育ってきたし、自分でも戦争はいけない、平和が一番!て思う。平和憲法を守るのが子供たちにしてあげられる唯一のことなの」と無邪気に笑う。
 この「だってずっとそう教えられて育ってきたし」が気になった。これ、て結局小国民と同じではないのか。

 思えば中国が第三世界の連帯を唱えたバンドン会議はもはや遠い日の出来事だ。1970年代まで、中国は放送や新聞でさかんに米帝国主義や日本帝国主義、ソ連修正主義反対と言っていた。今では自らが帝国主義になった。
 変質したのか実は元からそうだったのか単に自らの力量と社会情勢から判断して態度を変えているだけなのか不明だが(おそらく国家レベルでは2と3の方便、下々はその時代時代で”正しい”ことを唱えているだけ)、今や自分の思い通りにならないとなれば、そして相手が弱いと見れば恫喝する国となった。こうなった以上、相手の今までの理屈をそっくり返して、はっきり「中国帝国主義反対」と唱えてもよいだろう。

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日本と中国では残酷さが異なる

公開日:2010.10.16

 上に中国語老師との対話の思い出を書いたが、このときの詳細は「中国/韓国編」の「言葉が届かない」(2006)に載せている。
 そこに載せた内容なのだが、この対話の際、国民党要人の子息のA君が
「中国人は好戦的でないから戦争にはならないと思う。ただ、嫌な予感があって、彼らも自信をつけてきているから、国連常任理事国加盟問題のときのように、陰に陽に日本をいじめてくるんじゃないかと思うんだよね」と2006年当時言っていた。それが語っていたとおりになりましたなあ。

 日本語学校を経営している知人は「中国人研修生が潜るか潜らないか、日本人には判断できない。中国人にしかわからない。だから学生のリクルートは信頼できる中国のエージェントに任せている」と言っていたが、さすが中国のことは中国人にしかわからない、の典型。

 今後、”向こうから”全面戦争を仕掛けることは絶対ないだろうが、さまざまな手段で日本の弱体化を図ってくるだろう。なにせ弱みをみせれば最後、「九属まで叩く」国だから。日本人の残酷さと中国人の残酷さは異なる。ふだんは”合法的に”日本国内の土地の買占めを行うその他の準備を日々怠らず、ある日突然(ここぞと見たときに)、今回のように食糧や原材料の禁輸、現地法人工場に対するさまざまな縛り法律の制定その他矢継ぎ早に出してくる。新規製造した空母を何隻も東シナ海に浮かべ、威嚇してくるかもしれない。しかし、決して向こうから手を出してくることはないはず。そのとき、たじろがずに「No」と言いつつ、勇気と覚悟をもって無抵抗だが不服従を貫けますかな?向こうはこちらがこらえきれずに折れるか手を出すのを待っている。わが国の憲法擁護主義者にその覚悟があるなら、真に敬服に値するしその運動も本物と思う。いざとなったら逃げ出す烏合の衆なら、再軍備したほうがよい。

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霧社事件

公開日:2011.9.9

 牧歌的でときに桃源郷のように夢想される山の生活だが、宮本常一によれば、山村は決してかような平和で牧歌的なところではなく、山の民は気性も荒く騒動が多かったという。
 宮本の『山の道』には、室町戦国から江戸時代にかけて、文書による記録が残る山村の騒動がつぶさに描かれている。しかし地元にゆけば、”そうしたときに残虐で哀しい歴史には触れたがらず、某姫伝説などきれいな話ばかりを外に向けて聞かせたがる”という。

 こうした騒動記には、山村の争い、蜂起などに対して、当時の体制側が訓練された武士集団を送り込み、さいごは村の成人男性全員抹殺の結末が多い。ときには和平を偽りだまして里に招き、応じたところで全員虐殺している。

 この話に、何か既視感があるな、と思ったら、霧社事件だ、と思い起こした。この事件も、山の民の蜂起に対し、日本の植民地政府側は逆霧社事件で蜂起村の山岳民族を徹底的に殺害し首を集めている(林えいだい氏の本や省政府出版の花蓮の歴史本に写真がある)。蜂起村の残った老人女子供は清川村に集められたが、ここもその後対立する村に襲わせた。

 このやり方は、室町江戸時代の日本の山村平定対策そっくりだ。というか、台湾の山岳民の蜂起に対し、日本でやっていたのと同じ方法をとっただけなのだ、とわかった。首級を挙げるのも忠臣蔵と同じ心性だ。(現代では首刈を野蛮な風習とするが、フランス革命のギロチン同様、確実に成し遂げたという象徴でもある)

 だから仕方ないとか許されるとか言いたいのではないが、”当時人”の思考回路、社会一般の通念を、”今人”の思考回路、道徳基準で”正しい”とか”間違っている”などと裁いても意味がない気がする。当時の思考回路、社会通念などを踏まえていないと、どうしてそうなったか、人間に普遍的なところまで掘り下げられないと感じる。

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民族の弱点

公開日:2012.2.2

『中国社会の見えない掟』(加藤隆則著 講談社現代新書刊)という本がある。興味深い本ので気になった部分を抜粋してみる。

中国社会の特徴:
○ 中国には明文化されていないが広範に認知され明文化されたもの以上に実社会を支配するルール、潜規則がある。これは逆に、集団に属さない者、特に外国人にはうかがい知れないルールでもある。

○ 私的関係が社会ルールに優先する人間関係の濃厚さ−公徳の発達を阻む要因の一
 ・妊娠中の日本女性が、中国ではバスなど公共の場でみなが気遣ってくれる、中国で産むほうが日本で産むより快適だと言った。これは、こうした同情が、相手を他人ではなく家族に準じる仲間としてみる私徳の延伸からくることによる。
 ・職場の電話で私用電話をし、会社のPCで知人とチャットし、会社の印を使って友人の招請ビザを作成する。注意しても直らない。これは自分が困ったら実際助けてくれるのは家族や友人だから大切にして当たり前、罪悪感がないどころか人助けと考えることによる。「会社の規定に反している」と言うだけムダ。
 妊婦や老人にきわめて親切な一面と、勝手に社印を持ち出す一面は、公徳と私徳の発達の違いによる。中国人は身近な関係では義理人情を重んじるが、公徳は等閑視する。中国人と友人になると、どんな困難もたいていのことは犠牲にして助けてくれるが、仕事上の付き合いだけなら約束は簡単に覆される。私的関係を犠牲にして、外部から規定する馴染みのないルールに従おうとは考えない。また日本人のように形式を重んじる姿勢を「虚偽」といって蔑む。笑顔で応対する日本人のサービスも時に「虚偽」だと批判。

○ 見せしめと「看客」(見せしめの刑とやじ馬)
 魯迅は「アヒルのように首をのばし死んだ魚のように口をだらしなく開いた」やじ馬を「看客(見物人)」と表現し、独立した人格をもたず権力に付き従うことしかできない存在として中国人の奴隷根性を批判した。個人の自立を妨げる儒教道徳を批判し、「阿Q正伝」を執筆。
 (庵主注:2012.1.30の朝日新聞に、いま中国では中央政府に陳情に行った村人を見せしめ刑として公開糾弾する刑罰が蔓延しているとの記事が出た)

○ 道徳の強要−四川大地震の際の行動をネットで大々的に批判された「范パオパオ」事件
 本人がトーク番組その他で、「自己犠牲は選択であって美徳ではない。道徳家然とした居丈高な態度、道徳を強要する道徳暴力と偽善には反感を感じる」と反論。「儒教哲学は偽の聖人君子を多く生んできた。これに対する反省のない国家は正常でない」と批判し、評価があがる。
 彼は道徳的犠牲が強制される社会の原因を、儒教の身分秩序がうむ被支配者意識に求めだ。その後の取材に対し「一般大衆は長期にわたってはびこる道徳やゲームのルールの中で嘘を語ることに慣れてしまった、中国の歴史において重大事件の後は”悪を善に変えて政府は生き残る”。だから災難の際には感動や犠牲のほかに真実を報道することが重要だ」と語る。
 同済大教授朱大可氏いわく、「中国の典型的宣伝スタイルとは沈痛な凶事を軽快な慶事に、災難を祭典に、悲嘆を喜悦に、問責を恩義に、反省を賛美に、生命の尊重を組織への忠誠に、個人の善意を国家への称賛にかえてしまう」、「震災後の社会の動きを見ても、個人の善意を国家への称賛に仕向け、反省し責任を問うのではなく賛美と感謝に流れてゆく伝統的病根が非常に演劇的だと感じた」とする。
 和を重んじる儒教社会では不協和音は封じ込められ、虚偽の調和が演出される。しかも洗脳に慣らされ、権力になびく国民性がある。こうしてこの種の宣伝が効果をあげる。

○ ”公”に関する各種歴史的要因:
・古代の公民は君主の所有物であり、私のない存在だった。「韓非子」によれば「国のために戦場に出ても進撃すると敵に殺され退却すると軍法会議で殺されるとなれば、権勢の家に仕えて国の労役を逃れようとするようになる。(略)こうしたわけで国家の公民は少なくなり、権勢家に身を寄せる私人が多くなるのである」。
・中国では、君主の下に諸侯が領土を支配するいわゆる封建社会は、紀元前221年秦の始皇帝が天下を統一して以来厳密には存在しない(日本や西欧には存在)。始皇帝は封建制を廃止、中央から官吏を派遣する郡県制を敷く。人を含めた国の財産を君主一族の財産とみなすところから「家産国家」と呼ぶ。民は皇帝に支配され恭順を誓う身分に固定され、世襲が許されない官吏は君主の家産を管理する使用人にすぎない。天下の民は私の民であるため、民の利益を考えた法は存在しなくなった。
 中国での公は皇帝そのものであり公民は皇帝の私物とする伝統的概念は払拭しがたく、文化大革命の「大公無私」も結局は毛沢東という「公」への個人崇拝につながり、他者に「私」のレッテルを貼って徹底的に抹殺する道具に変わってしまった。
・「河殤」1988年民族の歴史に反省を迫り大反響を呼んだTVドキュメンタリー。その後放映禁止、シナリオ発禁。
 「中国の歴史は科学を推進し中産階級を作り出せなかった。公民意識を育てられず臣民の心理を教化した。臣民の心理はただ理不尽に耐える従順な民か、行き場を失い反乱する暴徒かのいずれかを生み出しただけだった」とし、公民意識を問う営みは近代以降の中国が背負う課題だとする。
・陳独秀は辛亥革命で王朝体制は崩壊しても儒教復興を伴う帝政復活の動きが絶えない現実に、根本的な国民の思想改造が必要だと認識する。
 自由主義者胡適は、批判精神と懐疑精神によって普遍的価値に到達しようとした。
 ただし、中国の近代は列強の侵略に脅かされたため、個人の尊厳よりも国家・民族の存続が最優先課題だった時代的制約があった。

○ 楽観主義
 潜規則、私徳が公徳に優先する、洗脳に慣らされ権力になびく国民性などにもかかわらず、著者は「中国人をみて困惑し感銘を受けるのは、悲観的状況でも人生や生活に対し驚くほどの楽観さを示すこと」だとし、春節時におけるある農民工一家の例をあげている。
 林悟堂によれば「中国人は政治はでたらめ、社会上は幼稚、しかし余暇時間には非常に聡明で理知的」、「中国人は芸術の中の芸術、すなわち生活の芸術をよくわきまえている」。争いを好まず、豊富な人生経験を持ち、運命を素直に受け入れ、ユーモアによって人生を楽しむすべを知っている。
 そして最後に、その農民工一家に見られるような民族の持つ底抜けの明るさ、その性格が「現状を追認し被支配者に甘んじる歴史を繰り返したとしても、その生活の芸術を根底から否定するのは不当だろう」と結ぶ。


 道徳重視とそれに伴う被支配者意識の問題、権力盲従の奴隷根性から脱却する必要性が問われているが、日本の大正デモクラシーの時代にも、魯迅や胡適、陳独秀らと同様の指摘がデモクラシー系の学者によってなされていた。
 この件に関してはいずれ詳しく書きたいので、今回はアバウトな書き方に留めるが、日本国民の弱点として政治上の弱点と国民道徳上の弱点があり、文部官僚による国民道徳教育は特権階級への盲従と神聖視につながるとの指摘がなされていた。

 さらにまたタイムリーなことに、2012.2.1付朝日新聞に、与那覇氏の歴史論が掲載された。権力の暴走のコントロール方法には西欧の「法支配」型と中国の「徳治型」(国民の道徳感情に火をつけて活用)があり、現在世界中が中国型に向かいつつある、というものである。基本的には皇帝にすべてが属する中国型国家(一君万民)と、諸侯もしくは議会の複数協議による西欧型国家があるという考え方である。そして徳治社会は統治者の道徳観が絶対正しいことが前提となるため、統治者と異なる価値観に対しては冷たい社会になると指摘している。
 ここでもまた、"道徳”がキーポイントにあがっている。「范パオパオ」事件があぶりだした問題点と同じである。
 そして携帯やスマホなどのモバイル通信機器、インターネットなどのネットワークが発達し、瞬時に多数の個々人へ直接アクセスが可能になった現代社会は、皮肉なことに交通も通信も不便だった時代に比べ、むしろ徳治型をやりやすい環境が整ったと感じる。

 ところで、中国と西欧の対比に、『パーキンソンの法則』(C.N.パーキンソン著 至誠堂)を連想した。世界でよい結果を出している人選方法には英国式(面接方式)と中国式(試験選抜、いわゆる科挙)があり、前者の旧式は「XX公とはどんなご関係で?」で決まり、後者の旧式は古典と作文で決まる。イギリス人らしく、後者の欠点は合格者が過去将来ともギリシャ語しかできない人物だったり、成績トップだった男が突然発狂しかねなかったり(実際たまにある)、替え玉受験がある点だと皮肉っている。英国式の新型は出身校を問うものであり、中国式の新型は教養テストと集団型面接方式だとする。思うに、現代の会社の採用試験は両者の折衷で、集団型面接で個々人の行動をチェックする試験官の描写など、集団討論や集団ワークの際のチェックとそっくりで笑える(ちなみにこの採用方法についても”猜疑心の強い小心者や知ったかぶりが選ばれる”と皮肉っている)。
 その他同著には委員会(内閣)にはゴールデンナンバーがある(3人から21人の間)、それ以上に増えると必ず上部組織ができて少人数に戻る(ちなみにイギリスの内閣は5世代目)、立派な自社ビルが完成するとその組織は衰退へむかう(ベルサイユ宮殿から現代の会社まで)など、興味深い指摘が多い。

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定住革命その2 儒教

公開日:2012.2.2

 公の概念がなかなか発達しない要因として儒教があげられているが、儒教について面白い指摘がある。
 モンゴル史専門の吉田順一氏が指摘していることだが、モンゴル民族をはじめとする北方民族は、ステップに産しない物資を漢族から交易もしくは進入略奪によって入手していた。しかし精神文化、特に漢字や儒教については、朝鮮やベトナム、日本のように受け入れることはなかった。(庵主注:その他チベット族、トルコ系、ツングース系の人々も受け入れていない。)文字は漢字由来ではなく西方由来の文字を使用している。唯一契丹文字女真文字が形態的に漢字の要素を備えている(未解読)。
 中国文化といえば当時の先進文化、当然誰もが憧れを感じ受け入れてきたと考えていた私にとって、この指摘は斬新だった。おそらく遊牧民である彼らにとって、お勉強に時間のかかる表意文字より表音文字のほうが利便性が高い、実力主義の遊牧社会では無意味な身分秩序や調和を尊ぶ思想、権力にひたすらつき従う思想とは相容れず、興味が持てなかったのだろう。
 北方民族や西域のトルコ系、南のチベット系の人々は、ときに漢民族の地に征服王朝を打ち立てるなど日本などよりもっと中国と歴史的関わりが深いはずだが、憧れがあれば、朝鮮や日本のように必ず真似をしているはず。模倣せず従来の生活様式を変えないということは、中国ならびにその亜種のような朝鮮日本とは、まったく異なる価値観をもった文化なのだろう。逆に日本や朝鮮が真似をし受け入れたということは、何を良いと思うか、正しいと思うか、格好いいと思うかなどが、つまり真善美の価値基準が中国文化と似ているのだろう。

 ところで、紀元前から常に農耕社会と拮抗する勢力として連綿と続いてきたステップやタイガの遊牧社会の没落は、農耕社会の火器の発達によって始まったという。今では見る影もない周辺の少数民族としてほそぼそと暮らしている。

庵主注:前回(定住革命)全般的に”遊牧騎馬民族”と書いたが、正確にはツングース系(女真族)は遊牧農耕民になる(このため”清もそれに近い”という書き方をした)。

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中国のスパイ活動

公開日:2012.4.21

 昨年、東京新聞と朝日新聞が中国のスパイ活動について特集記事を組んでいた。手元にコピーがなく細かい部分は記憶違いもあるかもしれないが、おおむね次のような内容だった:
 東京新聞は中台関係に関するもので、台湾政府がビジネスや留学などで中国へ渡る一般の台湾人にスパイ活動をさせていたというもの。素人なのでばれることも多く、大陸で有罪になった人も多い。彼らが帰国後、台湾政府を相手に訴訟を起こしている、という内容だった。
 朝日新聞は、中国国内で外国人に対するスパイ活動を強要された中国のアイドルがネットにその事実をばらした件をとっかかりに、中国ではこうした特定個人を脅迫して明白なスパイ活動を強要するタイプの情報収集活動だけでなく、情報機関の人間があらゆるところに出入りし、細かい情報を集めるタイプの情報収集活動もあるという。たとえば普通の店で食事をしている外国人ビジネスマンの何気ない会話を店員から吸い上げるなどがあるが、店員自身はスパイではない。相手が情報機関の人間だと知らずに世間話的に話すこともある。こうして集めた個々の話自体は大した内容でなくても、中国の情報機関は膨大な数の情報を集めそこから有益な情報を構築する能力に長けているとする内容の記事だった。

 以前民放で、与那国など八重山の漁民が、尖閣諸島周辺の情報を報告するよう海保だか行政機関だかから言われた話を報道し、コメンテーターらが「一般人から情報収集するなんて信じられない」などと言っていたが、むしろ一般人からも情報収集するのが世界標準だろう(いいことか悪いことかは別にして)。

 中華系の人はスパイ好きというか、すぐスパイスパイ言うところがある。お互いあの人はああだこうだと噂を流し合う。裏取りすると半分当たって半分違っている、という感じ。中国人と結婚している日本人も「そうなのよ、ちょっと立場が違うとお互いすぐ中傷するのよね。そしてそういう噂に台湾人自身が右往左往している。だからどの立場の人とも距離を保つようにしている。片方の話だけ聞いていても、本当のことはわからない」と言っていた。

 中国や台湾人の知人と話していると、なんとなく情報収集的聞き方だなと感じることがままある。知人や大学の先輩などから「ねえ、前言っていたあれ、て」と聞かれるときなど、うまく言えないが微妙に日本人と異なる情報収集的な臭いを感じる。ただそれは彼らがスパイだというのではなく、中国人は普段からそうやって情報収集をしているのではないかと感じる。お互い集まって食事したりしゃべったりするときなどにそうした様々な情報交換も兼ねる。そうやって激動の世の中を生きてきた。その中に場合によっては本当に情報職の人間も混じっていて、そうした下々の噂を上へあげる。あげる本人はそこから何が導き出されるか知らないことも多いかもしれない。
 だから政治的にきつい時代は「隣の人がどういう人かよくわからない場合はしゃべらない」(戒厳令時代の台湾について。このほか文革時代−今も−も同様)となる。

 こういうとき、さすが便衣隊の国の人たちだな、と感じる。よく中国大陸で戦闘経験のある元日本兵の話に、便衣隊というのがいて敵か味方かわからない、お金次第でどっちにでもつく、両方に対してスパイしていたりする、という話を聞かされる。確信犯的なスパイ活動をしている、というより、基本的に噂が流れやすく、当人達もそれに振り回されやすい社会なのだろう。戦時はもちろん本当のスパイもいただろうが、この程度のレベルの人たちも多く、日本軍の疑心暗鬼の対象となり殺された人も多かったのではないか。この感じが感覚的にわからない場合、村人全員がスパイに見えるので、かなりの人数を処刑せざるをえなくなる。

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中国的思考回路

公開日:2012.4.21

 2月に台湾で外省人から「南京大虐殺で40万殺された」と聞いた。「この前まで30万だったがいつのまにか40万ですか」と言うと、原住民の一人が「40万はありえない、せいぜい3万だ」と言った。
 ある台湾人は「日本が支那事変を始めたのが間違い、あれがなければ台湾は今でも日本のもので外省人にいじめられずにすんだ。日本が戦争をしたおかげで台湾人は外省人からひどいめにあった。台湾人がひどいめにあったのは、日本人が起こした南京大虐殺に怒った蒋介石の軍隊が日本人に支配された台湾人をいじめたからだ。台湾人本当にかわいそう」と言った。
 霧社事件の遺族にあたる原住民は、「原住民はほがらかだ。過去のことをあまりとやかく言わない。将来のことしか考えない。でも中国人は違う。やられたことを百年でも覚えている。日本人は大変だね」と言った。

 南京大虐殺にはさまざまなプロパガンダが絡んでいる。
 数万人の台湾人が殺された二二八事件(一般には2万、外省人や国民党嫌いの台湾人は8万10万と言っている)について、民進党の陳総統時代に国民党の責任を問うものとして二二八記念館が建てられた。国民党政権に戻り、昨年4月展示を一掃し、かなり抑えた内容で再開した。それでも事件の背景を”経済不安、祖国復帰への期待の高さとそれを裏切る汚職と無能、日本の植民地化が長かったことによる文化の違いなどによる齟齬”としている。しかし今、南京大虐殺を理由とする噂が流れていると感じた。中国社会は噂社会なので感情の琴線に触れる噂が流されると、情に流されやすい人が多いのでそれを信じる一群が出てくる。
 以前書いたが、揚州十日記で有名な揚州についても、清の侵攻で犠牲になった市民の数について数十万人だ、いや当時の揚州の戸数からそれはありえない、数万だという議論がある。二二八事件をみてもおそらく数字に根拠はなく、どちらも求めてもおらず、感情の吐け口的に非難の応酬合戦をやっている。数字に過剰反応しても無駄だと思うが、日本人的思考回路からすれば納得ゆかないのも事実だ。だがいずれの件も、真の”事実検証”はできないだろう(中国人の思考回路から考えて)。

 一方、文革時代のモンゴルなど少数民族の虐殺については決して認めず、今後謝ることもないだろう。ニニ八事件についても支配政党が変わったから事件の存在を認めたわけで、国民党のままだったら認めなかったはず。もし今後日中間で有事があり、日本側に大被害の何かが起きたとしても、中国は国家としては将来決して認めない国だろうことは心しておいたほうがよい。

 ところで、新聞報道では中国政府が戦前の日本が”ABCD包囲網で追い詰められ、開戦に至った経緯について研究している、中国が国際社会から孤立し同じ道を歩むことを防ぐため”、とあった。ということは、表向きは”日本軍国主義”がどうこう言っているが、実際にはいちおう理由があったことを認めていることになる。

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尖閣問題で考えたこと

公開日:2012.12.21

 まず2年前の尖閣問題前後に書いた文章を再度載せます。いちおうリンクも張っておきますが、リンクだと読まない人も多いので、一部整理して再録(内容は当時のまま)。
(原文   中国の沖縄領有主張       奴隷になりたくないなら

 (再録箇所は割愛)

ここから2012.12.18の記事になります
 2年前の内容だが、結局ここに書いたとおり、なんとかお茶を濁しその場を収めたものの根本解決されずにきてしまった、なんとなくそのまま流れいつのまにか選択肢のなくなってゆく状況に追い込まれているなと思う。
 九条についてきつく書いたが、勧誘してきた中年女性があまりに印象悪すぎ(今でも不快)。もともと、戦後ずっと反戦平和がマルだったので(右的発言はバツ)、”マルのことさえ言っておけばいい人になれる、いい側に立てる”からそう言っている人が多いと感じており、何かと言うと反戦平和につなげた話し方をする人を胡散臭く感じてきた。戦時中反戦派を非難し軍国的なものをマルとしたのと、方向が逆転しているだけでやっていることは同じではないかと感じるが、職場のオバサン連中にその手の発言をして嫌われたことがある。
 F社社員の拘束事件に関しても過激に書いたが、しかし当時、3人がイラクで拘束されたとき、およびF社社員が中国で拘束されたときの雰囲気は、それは緊迫しておりバッシング等も異常だった。回りは結構当時の状況について「そういえばそうだったね」と忘れており、あの雰囲気もその頃の週刊誌記事などを引っ張り出さないと感覚的に思い出さない人が多いようだ。でも私はこういうことをいつまでも如実に覚えていて忘れない。だから比較する。Aのときはこの対応、Bのときはあの対応というのはあまりに不公平、インチキ臭い、一方的だと今でも思う。
 温家宝首相はその後蓄財で叩かれたが(蓄財で叩くというのが、下に記す陳水扁の件同様いかにも中国的)、蓄財云々はともかく政治家としては信頼のおける人物で有能だという評価に今も変わりはない。


尖閣問題で考えたことその1

心理的操作
 ここでも何度も書いている「中国人は利用価値のある間は笑顔です。利用価値がなくなれば、とたんに鬼の顔になりますよ」、これは日中関係への忠告として台湾人から何度も聞かされた言葉だ。そのとおりになってきたと思う。でも今だに気づかない人、多いんだよねえ。
 今回の尖閣問題の件、報道では国有化が問題だったという言い方が多い。しかし、これは違うだろう。国有化はあくまで口実で、中国はこのときを待っていた。もちろん”国有化を”ではなく、今なら勝てると判断したときに何か口実をつけられることが起こることを。それを今だに「国有化」が中国の気持ちを害した、て、本当にジャーナリストだろうか専門家だろうか。
 勝てないと計算したときは”棚上げ””後世に託そう”とおだやかに対応し時間稼ぎ、準備が整い勝てると踏んだら攻勢をかける。上のタクシー運転手の件でも書いたように、時間延ばしをして相手の選択肢を狭め、こちらの要求を呑むしかないというところへ追い込んだところで一気に攻勢に出る。

 以前もここで書いたが『墨攻』という映画がある(食料を他者に頼るということ(2008.3.5))。日本の漫画から中国人監督が日中韓合作で映画化した作品だが、印象的な場面がある。戦国時代A国とB国が争い、A国皇帝は劣勢に立たされ酒に溺れる日々。皇帝は小心で残酷品性下劣な人物描写、一方敵国将軍(韓国のベテラン俳優が好演、たしか物語的にも朝鮮/高句麗系の設定だったと思う−ちょっとうろ覚え)は高潔な人物。将軍は勝利しても完全なとどめを刺さずA国皇帝を寛大に処置する。ところが何かの拍子に形勢逆転、一気に攻勢をかけ皇帝は将軍を捕虜にする。そして情けをかけずに将軍の殺害を命じる。このとき、残酷な笑みを満面に浮かべた皇帝の顔がアップになる。将軍はそれもすべて悟っておりじたばたせず従容として処刑される。高潔でも滅びるし、品性下劣でも勝てば生き延びる。一方、墨子はその国に愛想を尽かし、同じ思いの民とともに別天地を求め土漠の中去ってゆく。(ちなみに墨子は博愛主義だが自分の身は自分で守るという一種民間軍事力による自衛策もとる)

 「東郭先生と狼」という民話がある。猟師に狙われた狼が東郭先生に助けを求め、可愛そうに思った先生が助けてやると狼は「あなたは私を猟師から助けたのだから、最後まで助ける義務がある。今私は飢えている、だから」と東郭先生に飛びかかった。狼と東郭先生が格闘しているところへ農民が通りかかり、頓知で先生を救う。そして悪人はどこまでいっても悪人、無用な情けをかけてはいけないと言う。
 似たような民話に蛇の話もあり、寒さで動けない蛇をかわいそうに思った農民が懐に入れ暖めてやると、息を吹き返した蛇に咬まれ死んでしまう、というもの。
 厳しい社会観で、敵には情けをかけず容赦せず徹底的に叩く。政敵に対しても、野党から与党となるとかつての権力者側を逮捕しすべてを奪う。よく言われるのが台湾の現在与党政権によるかつての民進党党首陳水扁に対する対処だ。かつて政敵に襲われたせいで車椅子となった奥さんを不正蓄財で訴追、陳水扁もまともな裁判のないまま長期間拘留している。これに反対しデモを続ける民進党支持者らも骨があるが、戦後リベラルを信奉し中国通中国人びいきの知人も、さすがに「すごいね、中国人、てあそこまでやるんだね」と言っていた。

 話を戻すが尖閣問題、口実をもうけ相手のせいでこうなった、どうしてくれる、という論法には注意したほうがよい。最近中国の報道官は、必ず”日方”がどうこうしたからこちらもどうこうした、という言い方をする。口実をもうけ相手がいったん認めるとそれを突破口に(必ず話をそれに絡めて)責めるという手法は、以前から気になった。家族間殺人事件によく似ているからだ。同じ論理で、内ゲバ心理状態への追い込みを感じるので。
 北九州監禁殺人事件や今回の尼崎大量殺人事件は、相手のちょっとした罪悪感や弱みを利用して支配し、利用価値がなくなると最後は家族間で殺し合いをさせ始末した。主犯格は客観的にみて大したことのない理由やでっちあげの理由で責める。ここで相応の対応で終わらせる人と、つけこまれる人がいる。面倒を避けたい思いで謝る、責めに有効に反論できず押し捲られる人は要求を受け入れカモになる。世間体を気にし家族の問題だと外部に相談しない(尼崎ではまだルポが出ていないのでこのへん詳細不明だが、親族の語る内容−警察への相談を勧めても両親が断った−と父親の語る内容−警察が動かなかった−が異なっている)。”家族会議”と称する話し合いが何度ももたれ、家族同士で責め合い殴りあい電気ショックを与えあい監禁虐待し最後は「殺すしかないですね」という結論になる。主犯格はいっさい具体的な「殺せ」といった指示はだしていない。結論がでるまで誘導するだけ、あくまで結論は家族間でだす。脅し金をむしっているのは主犯格だが、彼らに対する反抗や抗議には向かわず主犯格の定める序列を気にし家族内で疑い殺人にいたる。
 ちなみに赤軍派も総括と称する話し合いで吊るしあげリンチ殺人に至ったので、閉鎖空間での”話し合い””会議”は危険だと思う。ある空気が支配すると集団ヒステリー状態で他の考え方、選択肢がないと思い込み発想の転換皆無で追い詰められるからだ。一人Bと言っても全員がA、Aと騒いでいる状況は非常に危険で以前からキライだ。
 これも以前ここに書いたが(「いわゆる東京裁判」(2005.7.20))、永尾カルビ氏が”罪悪感を植えつけるのは人を支配する最も効果的な方法だ”というようなことを書いているのを読み、なるほどと思ったことがある。
 会社内バトルを見ても人心操作に長けた人がおり、そういう人は直観的にこうした心理をよく知っている。内政外交など国家規模の専門的にも、おそらくマニュアル的な心理学政治学の古典や論文があるのだろう。


2012尖閣問題以前から書きたかったことその1

土地所有制度の問題
 新潟の万代小学校跡地が中国領事館の用地として買収された件について。この夏、新潟在住の知人に会った際この話をしたところ
「そういえばちょっと前まで新潟テレビでさかんにそんな話してたね。今どうなったんだろう?その後聞かないね」と言った。
 あくまで週刊誌報道からの情報だが、領事館大使館の土地は外国となるので、取得されると日本政府は手出しできなくなる、小学校跡地は広大だ、新潟は日本海側からアクセス容易で港に近くさまざまな活動ができる、仮にこの広い土地にミサイル設置されても何もできないという。しかもこの土地を中国に売却することになった経緯が、北京の日本大使館改築で中国側に難癖つけられ代わりに新潟万代小学校跡地を要求された、領事館にそんなに広い土地が必要かと国内では疑問の声があがったにも関わらず、外務省は改築を認めてもらうため中国側の要求を呑んだという。あながち嘘でないことは、当時国会でも問題になり質問している議員がいる。
 週刊誌によれば、基本的に外交は相互主義で、シンガポールのような小国でもこれは貫いている。つまり土地所有を認める国とはお互い土地所有を認め、中国のように認めない国とは(北京の日本大使館がそうであるように)賃貸で対応するのが筋だとする。私もこれはそのとおりだと思う。
 これが本当なら外務省は北京に何か弱みでも握られているんじゃないのと邪推したくなる。北京在住フリージャーナリストF氏のツイッターでも、尖閣問題勃発当時現地在住日本人の集まりに出た際、出席した記者外交官民間企業人など約50人のうち現地の新聞をときどきでも読む人20人、まったく読まない人20人、「まったく読まない人の中に大使館職員X名、ときどき読む現地紙も人民日報(笑)」、とあった(数字はうろ覚え)。そういえば同じツイッターで民間出身中国大使を公務員の大使館職員らはガン無視状態だったとの情報も。佐藤優はその著書を読み非常にすぐれた感覚を持つと思うのだが(その彼を同省は追い出したわけだが)、彼はロシア畑、中国畑にこのクラスの人がいればと思う。

 ところで、外国人による土地所有問題、山林買占め問題も含め、明治以降の土地所有制度はそろそろ破綻をきたしている、再考すべき時点にきていると思う。土地私有の権利が強く守られるようになったのは明治維新以降で、一説によれば、納税徴兵の義務を認めさせる目的で土地所有権を与えた面があるという。
 宮本常一の『調査地被害−される側のさまざまな迷惑』という文章に、次のような話がある。”秋田県K村(原文には具体的村名あり)では、農地解放のとき農村調査団が来て農地の完全解放を叫び村の封建的気風を非難、水田以外の屋敷、山林、用水権、農道使用権などもすべて解放することを求めた。この村には大地主がいたが、完全解放を認める代わりどのような不時の事態になっても自分で管理するよう言った。完全解放された後、大水害が起こる。戦後まもなくでまだ補助金制度はなく、百姓一人でどうにもならない。搾取の鬼とののしった地主に助けを求めにゆくが、完全独立させたからとつき放す。結局村を離れ、一箇所に広く荒地が残った。”
 明治維新や戦後の農地解放で強力な所有権に守られる一方、細分化され管理もままならなくなりつつある現在の土地所有制度が果たして妥当かどうか、疑問がある。山林ボランティアで山に入ると、持ち主が土地を離れ誰の土地かわからない山も多いことに気がつく。隣が荒れていても持ち主の許可なく勝手に対処できず困るのだが、持ち主を追っても見つけられないのだという。山は農地解放されなかったが、東京近郊でも戦後共有林を大山主が買い取り引き受けた村と村の成員で分割した村とある。宮本が下記に掲載する抜粋で指摘するように、大山主のいる村は彼らが間伐枝打ち大刈りその他管理している。一方分割した町は結局細分化された山林では規模が小さく金にならないためその後手が回らず荒れている。このため最初この町を活動フィールドとし育った林業NPO/ボランティアグループが多い。町場や都市部でも、倒壊寸前空家問題がある。”お金がない”理由による放置なので、周囲がそれで損害を蒙った場合高額賠償など罰則を定めれば無責任な放置はなくなるとも思うが、もし個人できちんと管理できないなら、国か共同体管理に返すべきだとすら思える。民主主義や個人主義からの後退かもしれぬが、”お金がない”を金科玉条に責任を果たさない人が増えるなら自業自得、自ら蒔いた種。そもそも、生きることに関わること、土地、水、大気を買占めや売買、商売の対象にすること自体危険で不自然な気がする。
 民主主義制のギリシャから帝政のローマへ、さらに停滞暗黒イメージの強い中世へと逆に見える流れがあったのも、こうした側面もあったのかなあと思う。束縛から放たれた当初は感謝し生き生きと活動し明るい世の中になる。そして自由がうまくゆくのはせいぜい4、50年、その後自由を当然視し文句が多くなりトンデモ要求も続出し保守が台頭、帝政や専制など縛る方向を求めるようになるのかもしれない。

 宮本は上記のエピソードに続き、次のように書いている。
「共同体が生き残るにはそれが必要な社会条件がある。その不時に備え地主が存在することもあれば共有林が社会保障の役割を果たしたりする」
「こうした話は方々にある。理論的には調査団は正しいのだろうが、それを実現するための手段は簡単ではなく、決して調査団は示さない」
「調査には意図がある。その意図に沿って知ろうとすることだけを明らかにすればよいと考える人が多い。昭和22、3年頃、東大経済学部の教授が地主と小作の関係についての調査を指示するのを聞いて寒気を覚えたことがある」
「村落内のあらゆる現象を搾取と被搾取の形にして設問しようとしている。階級分化だけをみるならそれでいいかもわからない。しかし村里生活はそれだけではない。地主も社会保障的な意味をもっている。農民同士の相互扶助もある。それがどのような比重でからみあってるか見てゆかなければならないし、予定した以外のことから重要な問題が出てくることもある。理論が先にあって事実はその裏付けのみ利用されるのが本来の理論ではなく、理論は一つ一つの事象の中に内在しているはず。調査に名を借りつつ、実は自分の持つ理論の裏付けをするために資料をさがしている人が多い」
 宮本がこの文章を書いたのは1972年、まだまだマル経の強かった時代だ。左右に関係のない、純粋な在野の(旅する巨人と言われ徹底した現場主義の)民俗学者だからこそこうした文章をあの時代率直に書くことができたのだろう。

蛇足ながら:あるドキュメンタリー映像作家らのトークにて興味深い話を聞いた。この手の番組をうのみにしない参考として。
A氏:テレビは撮る前から結論ありきの縛りが多い。特にN○Kはそうでしょ
N○Kの仕事も手がけるB氏:そう
A氏:でも実際行くと現実は違う、てこと多いよね。どうやってすりぬけるの
B氏:そうそう、そういうときは”撮れちゃった”てことにする
A氏:でもラッシュの試写会で結局通らないでしょ
B氏:撤退することもある。最初から今回はこの映像は使わない、て。でもうまく入り込ませることもある。その辺は長年の経験と感覚でやっている
A氏:最初から結論ありきは問題だね
B氏:当然そのとおりだが、ただ最初こういう目的でこの地域この国でこういうものを撮ってくるとある程度形にして出さないと予算も出ないし人も動けない。それは仕方ない。予定と違った場合に自分もディレクターもどれだけ柔軟に対応できるかだ

 もう一つ蛇足かつ大使館がらみで、これも大多数の人は忘れていると思うのだが、尖閣問題がおこり反日デモさかんな最中、中国大使交替が決まった。その直後、後任大使候補が意識不明で路上に倒れているのが見つかった。結局意識を回復せず亡くなったが、当時不気味な印象があった。中国によるのか国内反対派によるのか不明だが、単純な健康問題ではなかったのではないかという感触を今も持っている。


2012尖閣問題以前から書きたかったことその2

歴史問題
 中国では南京事件で30万人が虐殺されたという。台湾では40万と言う人(外省人)が出てきて台湾原住民(台湾では蔑称でない)が「40万はない、せいぜい数万だ」が反論していたが、新たなプロパガンダがなされているなと感じた。
 デーブスペクターのTV番組を見ていたとき、興味深い映像を見た。アメリカでは正当防衛だと言うとなかなか罪に問えないことが多いという。しかしある件では正当防衛だとする男性側が有罪となった。男性は騒音問題だかで別の男性(被害者)を注意したところ、恰幅のよい被害者が威嚇するように近づいてきた。一緒にいた被害者の友人らも男性に寄ってきた。もとから怯えていたと思われるこの男性は、最初からこれらの経緯をビデオに撮っており、途中で警察に110番、体格の良い怖い男に襲われている、男の周りには10人男がいて自分を襲ってくる、助けてくれ、とビデオ片手に泣き叫ぶ。最後銃で被害者を撃つのだが、男性が証拠として提出したこのビデオが逆に問題となった。確かに被害者は体が大きく、近づいてくるだけで威圧感がある。私もそう感じたくらいだが、陪審員らは被害者は近寄ってきただけでまだ何もしていない、周囲の知人らも5人しかいない、それなのに110番で10人と言っている、あきらかに大げさで嘘をついている、これで銃撃はやりすぎだとして男性を有罪とした。
 どの事件でも被害を強調するあまり嘘をついてはいけない。もちろんなかったことにしたり隠したりしてもいけない。
 以前中国側は30万の数字に根拠がないことを認めつつ、「これは気持ちの問題、感情の問題だ」と言っていた(今はまた別の理屈を言うだろうと予想するが)。しかし、きちんと調査すべきなのだ。決着をつけるには。

 ところで、フランスではオルレアンの少女(ジャンヌ・ダルク)が有名だ。英仏戦争でフランスを窮地から救った英雄だが、彼女のことを持ち出したり彼女を好きだということが、即イギリス抵抗だの反英にはつながらない。イギリスのネルソン提督も英雄だが、それを誇ったからとただちに反仏反スペインというわけではない。ロシアでナポレオン撃退記念のお祭りがある。別にフランスの気持ちを慮って祝わないということもなければ、フランスがそれは反仏だのどういう言うとも聞かない。ナポレオンは”侵略者”と言えると思うがフランスでは英雄だ(一般的にも英雄の代名詞)。
 しかし、日中韓はそのへんが割り切れていない。李瞬臣には反日がからむし、日本海海戦の東郷提督は日本から見れば勝利は嬉しいはずだがあからさまに誇るのは何となく今もはばかられる。民族の英雄は民族の英雄、それぞれ立場が異なるのだから歴史も異なる。それでいいではないかと思う。なぜ東アジアはお互いそれができないのだろう。

 (尖閣以降日本の右傾化が指摘されるが)昔から何かあるとよく外国から”右傾化”と言われるが、(今回もイギリスのエコノミストやアメリカ)中国韓国など、すでに正規軍を持ち場合によっては核を持っている国に右傾化と言われてもなあ、と思う。それこそ九条の人たちはそれを本当に信奉するなら、これらの国々に正規軍解体戦争放棄を呼びかけるべきなのだ。でもやらない。

 言葉は悪いが歴史には”騒いだもの勝ち”、”記録に残したもの勝ち”なところがある。たとえば安禄山で有名な唐代のソグド人社会は、その後10万単位で虐殺され中国社会から消滅した。これは中国の史書に残っている。隠さず正直に書き残したことは評価するが、ソグド人の生き残りがその後訴訟を起こしたり騒いだり反撃したという話はない。人数の少ない少数派だったり、弱小だと騒いでも無視され、加害者側に反省を迫ることもできず忘れ去られる。そもそも書くという行為に重きをおかないタイプの民族や社会についてはその言い分がわからないまま歴史の闇に消え去る。歴史の欠点であり限界と思う。


2012尖閣問題以前から書きたかったことその3

マンドハイ
 マンドハイというモンゴル映画がある。なかなか印象深い映画で、ことあるごとに思い出す。時は15世紀、元の滅亡後北の平原に戻ったモンゴル族は北元と称し漢民族の明王朝と対峙する。その後明にハーンを殺され分裂、タタール(元の末裔、東モンゴル)とオイラート(西モンゴル)が覇権を争う。マンドハイはモンゴル貴族の娘、ある将軍と将来を誓う仲だった。しかしタタールのハーンと政略結婚させられる。その後ハーンも変死、次代ハーンとして元恋人を含む何人かが候補にあがるが、王妃はチンギスハーンと元朝の直系である少年をハーンに推戴すべきと判断する。10歳の少年と結婚した王妃は少年に代わり馬に乗って軍勢を率い、明やオイラートと戦いモンゴルを守る。やがて成人したハーンとの間に男児が生まれたものの、皇帝は明の差し金の若い妾にうつつを抜かし子供はほったらかし、マンドハイは傷心の日々。あるときオイラートと戦うべくおびきだされたハーンの前に突如明の大軍も現れ攻勢をかけてきた。モンゴル(タタール)存亡の危機。このときマンドハイが立ち上がる。子飼いの精鋭部隊を派遣し戦いに勝利、さらに明と内通していた大臣らと対峙するが弓矢に倒れる。改心した皇帝は妾を排し明と内通した大臣を処刑し皇后マンドハイとの子を皇太子と定め、以降名君ダヤンハーンとしてオイラートとタタールを統一、モンゴル中興の祖となる。一方、傷を負ったマンドハイは亡くなるが、その胸にはかつての恋人からもらった羊の骨の首飾りがかかっていた。

 マンドハイはモンゴル史上の英雄の一人で、マンドハイ役は当時のモンゴルのトップ女優が演じた。
 この映画で印象的な人物に、明に内通していた大臣イスメルがいる。明の使者から「次のハーンはあなたです」と言われた宰相が、ゲル内の玉座に腰掛けその手触りを楽しむ場面がある。そして一転、裏切り者として処刑される際、草原に生き埋めにされながら「自分は(明との内通、もしくはすり合せが)この国のためになると思ってやったことだ」と言う場面がある。
 この宰相は本当に、今は弱いタタールにとって直接対峙は危険と考え、明との妥協がモンゴル族のためになると信じていたのかもしれない。あるいはハーンの座につられたのかもしれない、その両方かもしれない。イスメル的判断が絶対間違っているのかどうか、それはそのときどき状況によってはわからない。一方、媚びなければならならなかったり、属国として逆鱗に触れないかびくびくしたり、奴隷になるようなら内通、すり合せ、妥協は嫌だと思う。人はそれぞれ見方将来の読み大切にするものが異なる。そしてときどき、日本の政治家を見ながらイスメルはいるのだろうかと考える。

 歴史上には女性が戦う話がときどきある。たいてい、というよりほぼすべて救国の場面で登場する。オルレアンの少女しかり、マンドハイしかり、タイの王妃スリヨタイもビルマからの侵略に対しアユタヤ王朝を守った英雄だ(映画化もされている)。それを考えると、神功皇后の三韓征伐も、日本史では征伐の話だが実際は日本の危機的状況だったのかもしれない。ただ、国難に立ち上がる女性は基本的に非業の死を遂げている。ジャンヌ・ダルクも処刑され、タイの王妃も戦死した。神功皇后はそうではないようなので、よくわからない。

 さらに話はそれるが、元の時代、漢民族は一番下の位におかれていた。トップはモンゴル人、次に色目人(西方などのさまざまな民族)、その下が漢民族で政権中枢につけなかった。宰相は代々モンゴル人か色目人、しかし元が滅びる直前、最後の宰相として初めて漢民族の慶氏が宰相となる。そして順帝はじめモンゴルの王族貴族らがみな北へ逃げ去った後も都に残り、いわば敗戦処理のような立場だった。中国人は支配される側、時の異民族権力者の顔色を伺う立場も知っている。それでも文化を失わず誇りを持ち続けている。


尖閣問題以降考えたことその2

尖閣直後
 飲み会で「反日デモで工場を破壊された中国進出企業が、保障について政府に泣きついたが、日本の雇用切っておいて自分の判断で中国へ出て行った連中だ。自業自得だ、そんな会社に税金使うことない」と怒る人がいた。進出したはいいが採算とれなくなっても撤退できず困っている、という話もあるが、同様で契約が甘かった。

 愛国無罪と称し特定国の店舗や工場を破壊してよいなら、世界中が同じことをやってもよいことになる。愛国無罪を掲げたら中国系企業や店を襲ってもよいわけで、中国政府は文句を言えない。
 中国にいる日本人は尖閣問題以降、街中で日本語を話すことをためらうという。だから日本の電車や街中で大声で中国語が聞こえてくると、不公平に感じる。
 さまざまな場面で、中国韓国はじめ他国内での反応が報道される。しかし、向こうでは日本国内の意見や反応は報道されないだろう国もある。なんとなく不公平に感じる。
 日韓日朝関係が悪化するとチマチョゴリを着た少女がいじめられるのは差別でありよくないように、在中日本人が日本人だから暴行加えられるのも、卓球のワールドカップに石川佳純が出場できなかったのも(世界レベルの大会でこれはまずい、まっとうにやれないなら開催地変えるべきほどの大問題)、北京マラソン参加申し込みサイトに日本人だけ参加できない細工があった、などもよくないはずだ。これらのことも相互主義で、はっきり抗議すべきだ。
 こう書くと弱体化し自信のない表れと言われそうだが、かつてアジアの人々がXX人だからと差別するなと言ったのは弱く自信がなかったからか。そもそも弱い立場だから差別されるのだ。それに抗議するのはかつてのアジアの人々同様当然のことと思う。

 少し前から中国は大陸棚まで中国の海域だと明確に主張をはじめ、その際「中国は大きく人口も多い、だから海洋も大きく必要とする」という言い方をした。今はさらに違う理由をつけそうだが、人口が多く国が大きいからたくさんの領土(領海)が必要だ、というのは帝国主義と同じ理屈になる。国際海洋法も問題がある。大陸棚まで延伸を認めるとなれば、大陸に存在する国が優位で島嶼国は不利になる。その改正も必要と思う。

 韓国大統領が日本の天皇がどうこうその他、いろいろ発言した。その後トーンダウンしたが、あきらかに中国の尖閣問題と連動しており歩調を合わせているが、ふしぎとあまり腹が立たなかった。急にそういうつもりでなかった等トーンダウンしたのも哀れに思えた。これに思わず高麗を思い出した。元寇の際、元は騎馬民族であり海戦に不慣れ、船にも不慣れだったため、属国化していた高麗軍を水先案内人にたてた。地勢上、いたしかたない面もある。中国や周辺国と、うまくバランスとってやってゆくしかないのだ。

 国が乱れればつけこまれる。かつて中国も清朝滅亡後、軍閥が割拠し内乱がありそれが外国勢力による干渉侵略を招いた。侵略というが自らにも隙があった。これは逆も同様で、政治空白が続き隙があればつけこまれる。人のせいではない、自ら招く。今中国が尖閣海域でやっている挑発は、かつての関東軍と同じと思う。

対米関係
 JRの駅で大きく「友好祭」と書かれたポスターを見かけた。友好、という言葉に日中関係を連想し、尖閣問題さなかのこの時期に友好?といぶかると、都内米軍基地の地元への開放日、見学日の宣伝だった。ついに日米関係で友好か、アメリカが日本との関係でわざわざ”友好”と言っているのか、と一種驚きだった。
 個人的には特に親米ではない。ついこの間まであった”給食にパン”はアメリカの食料戦略の一貫だったと思っているし(それでパン好きが増え米の消費量が減った、小麦は輸入が大半、米不作の年にパンを食べればいいという女学生の投書があったがその発想は賛成できない)、よくある有能な若手学者に対する”ハーバード1,2年留学話”(というエサ)も親米派育ての一貫だと思っている(分野もさまざま、日本史すらある。知人も声をかけられたが、たまたま家庭の事情で行かれなかった。私はそれでよかったと考えている)。さらにオスプレイなど問題多いが、しかし短絡的に今の日本はアメリカの属国だからとアメリカ離れを決めることは、選択肢を狭めることにもなる。上に書いた”バスが行ってしまった後のタクシー客”状態になる危険は言うまでもないだろう。

 沖縄は切り離される可能性が高い。その後中国寄りの教育がはじまり、日本時代は差別がひどかった、と語るようになるのだろう。実際的にはどちらが沖縄の人自身にとって幸せなのかはわからない。

 最後は誰も助けてくれない。国の関係なんてそんなものだ。国際機関も無力。かつて日本による韓国併合も、誰も助けなかった。リットン調査団も無力、日本が対米戦に負けるまで満州国は存続した。現在のシリアもそうだ。みなかわいそうと思っても助けることはできない。尖閣問題も、これが発端でこれから始まるモロモロのことも、みなそうだ。覚悟して、自分の身は自分で守ることを考えるべきだ。

 国防軍などの話が出てきているのは、アメリカの影のお墨付きが出たのだろうと思う。終戦直後は旧日本軍の力をそぐため、軍隊を持たない、戦争放棄の道を示し旧軍を解体した。しかし日本の国力が弱り中国が台頭してくると、その対抗、防波堤として日本にもう少し強くなってもらいたい、そういうことだろう。

 どこかのための代理戦争はお断りだが、ただ以前から思う。人間の体は、ウイルスや細菌など外部からの攻撃を受けるとそれと戦う免疫機能がある。基本的にはこの世に存在し生きるためには自分を自分で守る機能が必要だ。いじめられっ子が空手や合気道をやったり体を鍛えるのも同じ。大体軍隊を持ち核を持つ国が他国の”右傾化”を非難するとは笑える。守る機能は軍隊ではなく”話し合いで”という人がいてもよいが、きれいごとでなく本気で、自分の身を本当に守れる方策を現実としてとる必要がある。

さいごに
 先日ある農村へ行ったときのこと。野菜畑が広がるが、畑で働く若者を見ると日本人ではないようだ。聞くとみな中国人だという。その夜地元の人と話す。3年くらい前から全村で1000人くらい来ているという。朝1時から作業するからいまどきの日本人は来ない。尖閣問題のとき大変でなかったか尋ねると、「特に何もない。中国は広い。みな山奥から来ている。そんな学のある頭のいい人は来ていない」という。
 もちろん、今後は工作が入る可能性もある。戦時中情報関係の仕事をしていた知り合いも、日中間で問題が発生するとアメリカなど海外の華僑も連動して騒ぐ、これは本気で本国政権を支持しているというより、母国が強くなればその国での自分の立場も強くなるためだと書いていた。
 しかし、かつて人民服を着ていた頃の垢抜けない素朴な中国人に見える彼ら、特に監督者を見かけなかったがまじめに収穫したり、マルチをはずしたり黙々と働いていた。こういう人たちのおかげで、今新鮮な野菜を食べることができるのだ。そして万が一日中間で戦争が勃発し日本が国として滅んだとしても、その要因の大半は中国ではなく朝1時半から働けなくなった日本側にあるのだろうと思えた。

 「ガイアの夜明け」で、反日デモ以降の平和堂の苦闘をやっていた。日本人社長の話に通訳の中国人男性が涙し話せなくなり、中国人従業員も壊された店舗に涙する。再開直後は売り上げがのびたものの、その後は近くの国営店に顧客を奪われ前年比大幅ダウン。20年前の平和堂立ち上げ当初から関わる中国人女性従業員が立ち上がる。各テナントに独自商品を扱えないか店長を集めて頼み、20人くらいのうち4,5店が対応してくれた。独特のきめ細かなサービスを展開、11月後半は前年比よりアップした。インタビューに「日系デパート?行かない行かない」という若者がいる一方、「サービスがよければ日系でも国営でも関係ない、いいほうへ行くわ」という人がいる。(とこう書くと、またTV報道されたこともあり、さっそくこうした中国人従業員らへ転職の働きかけが激化しそうだが、そうだとしてもそれで移動したとしても)これらの中国人は有能で働き者、私よりもはるかに優秀だ。個人個人はすぐれた人、まっとうな人が多い。ただ、国の対立となったとき、そうした人々も日本を擁護できないし、それを期待してはいけない。ナチス政権下のドイツについて記した『せめて一時間だけでも』にあるように、”市民に英雄行為を要求することはできない”。命をかけることを求めるわけにはいけない。でも”自分の生命を危険にさらさなくとも、できることはある。”これは逆もしかりで、日本人がつまり自分が、中国韓国その他と対応するときも同様だ。

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台湾ビジネスマンの話

公開日:2013.7.22

 台湾でIT機器を設計し中国の工場で生産している台湾人オーナーから中国に対する印象を聞いた。

 ”中国人にはアメリカ流の自由はだめ。ルール、規則でしばらないといけない。この10年、いろいろあった。裏切られたり、何人かつれて移動されたり、中国人は扱いにくい。自由にさせたらだめ。本当にいろいろあった、ドラマみたい。この結果、中国人は自由にさせてはいけない、と思うようになった。規則でしばってコントロールしないといけない。中国人は忠誠心がない。台湾人は忠誠心はあるが、あまり優秀な人はいない。

 それでわかったのだが、中国共産党はすごい。本当によくやっている。扱いにくい中国人をたばねて、この10年本当によくなった。中国は広い国。先日四川省に行ったが、言葉も食べ物も全然違う。別の国みたい。あれだけ広い国をよくまとめている。温家宝胡錦濤は優秀。台湾も李登輝は優秀。ウマはだめ、格が違う。ウマはやっぱり田舎の村長さんクラス。

 この10年、中国は本当に変わった。生活がよくなった。店に入って回りの話をきいていても、10年前とまったく違う。今みんな、どの車買うか、家買うか、服買うか、そんな話ばかり。でも、もうみな愛国心ない。これは将来的に不安定になる要素かもしれない。中国は優秀な人とそうでない人の差が大きい。優秀な高額所得者と農民工、それぞれまったく交わらない、ばらばら、別の国みたい。

 今の中国にはチャンスがいっぱいある。10年後はちょっと不安かもしれないが、今はまだまだやれる。反日デモが心配だと言うが、旅行するなら今。反日デモは解放軍か武装警察だよ、彼らがやっていた、普通の中国人はあんなことやれない。車ひっくり返すとか、みな軍か武装警察だ。

 南米には移民の中国人が多い。彼らにIT機器を売っている。東欧も少ないが移民中国人がいるので少し売っている。欧米や日本の市場には質の問題から入れない。中国にも2000社以上あるので競争激しい。アフリカも難しい、アフリカで売られている機器はばかみたいに安い。みな中国製、2,3回使ったら壊れる。冗談みたいな話だがそれでいい、持っていること自体がファッション、生活はすべて村で完結している、機器を使って話す相手もいない。
 南米北米には中国人が大勢移民した。台湾からも多く、子供の頃同級生が親と一緒に渡って行った。大陸の中国人も留学後などに北米にとどまった。当時皆、自国の将来が不安だった。でも今、彼らは後悔している。台湾も中国も発展した。戦争の心配は当面ない。みな向こうで貧乏している。でも上海のマンションは値上がりして、戻りたくても高くて買えない。
 鬼城は確かにある。20%しか電気ついていない、ちょっと怖い。でも値段下げられない、下げたら不動産バブルが崩壊する。でも崩壊してもいいかもしれない。崩壊してもなんとかなると思う。

 10年前は台湾のほうが上だった。2006年頃に並び、今は中国のほうが上。いずれ台湾は中国に併合されるだろう。以前は統一には戦争の可能性があったが、今はもう向こうが経済的に上になったので余裕ある、いずれ自然に吸収できると考えている。一般の中国人ももう戦争するほど愛国心ない。台湾が上のときに一緒になるのはいいが、下のときに吸収されるのはちょっと大変。さびしいけど、でも仕方ない。”

 この話をしたのは本省人、戦後大陸から来た人の子孫ではなく生粋の台湾人だ。
 以前台湾の老人に日本統治時代について聞いたところ、「植民地になるとはそういうこと。覚悟はしている」と強く迷いのない口調で語るのを聞き、内心唸った記憶がある。この台湾人企業家の「いずれ吸収併合されるだろう、さびしいけど仕方ない」という話にも、何度も王朝交代や民族の興亡といった動乱を乗り越え異民族支配を経験してきた民族特有の視野の広さ、安易にあきらめない本質的な楽天性を感じた。日本人だと植民地になるという事態そのものに、必ずおたおたするだろう。でもそれで滅びるわけではない。
 特別政治的でないごく普通の台湾人である彼が、「中国はこの10年よくなった」と言うのを聞き、いわゆる”失われた10年説”と随分違うなと思った。おそらくそう言っているのはエリートで、ごく普通の、ただし都市部の中間層の市民感覚は、この台湾人ビジネスマンに近いのだろう。いわゆる鼓腹撃壌、民が君主の存在を感じないほど安心して暮らせるのが最高の統治状態という、あれに近いか。
 農村や活動家や少数民族もそうなるとよいのだが。

補足:
1.対中感情:ベトナムは歴史的に反中感情が強い。インドネシアも反中感情が強い。華僑に対する反感から中国人を嫌っている。モンゴルは面白い。単純に反中というよりも、東欧まで攻め込んだ歴史があるからプライドが高い。
2.大学院:確かに今の台湾は、大学院に行く人が多い。大学進学率も8〜90%(庵主注:以前別の台湾の友人が、日本の大学進学率が50%と聞き「嘘でしょ」と驚いたことに、逆にこちらが驚いた記憶がある)。みんな暇だ、生活が豊かになってやることない、それで大学院まで行く(彼自身は院卒ではなく日本の大学を出た後、ビジネスで頑張っている自負があるので半分皮肉って言っている)。

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